京都の尾形光琳に江戸で私淑したことで知られる江戸後期の2人の絵師、酒井抱一と鈴木其一の作品を中心に構成した「江戸の琳派芸術」展が、東京・日比谷の出光美術館で開催中だ。同館の展示でいつも感心するのは、ほぼ館蔵品だけで充実度の高い企画展が成り立っていることである。

 まず引きこまれたのは、展示室入り口近くにあった抱一の《風神雷神図屏風》だった。この図柄は17世紀にオリジナルを俵屋宗達が描き、約1世紀後に光琳が模写、抱一はさらにその1世紀後に光琳の図を写したことが知られている。

酒井抱一《風神雷神図屏風》(江戸時代、出光美術館蔵)

 創造性が尊ばれる今の時代、模倣は一流の芸術たりえない。しかし、彼らの写しを見ていると、描くことへの大きな喜びを発見できる。宗達や光琳の作品が出品されていないこの展覧会では、抱一の写しが会場に特に大きな華やぎをもたらしているように感じられた。

 やはりこの展覧会で展示されている抱一の《八ツ橋図屏風》は、光琳の同名作品(米メトロポリタン美術館蔵)を写した作品だ。ただし、一隻(2つある屏風の片方)の幅は約4メートル。光琳のオリジナルの約3.5メートルと比べて、一回り大きくしつらえられていることになる。

酒井抱一《八ツ橋図屏風》(江戸時代、出光美術館蔵)

 しかも「描かれているカキツバタの株は、光琳の絵には130あったが、抱一の絵では80に減っており、一つ一つが大振りになっている」と同館学芸員の廣海伸彦さんは指摘する。抱一は光琳の名作に題材を取りながらも、完全な写しではなく、ダイナミックな表現を目指していたことが推察できるのである。

 写しという点では、抱一が描いた「肉筆浮世絵」というべき作品も興味深かった。抱一は武家の出身なので漠然と実直な印象を持っていたが、若い頃は花街・吉原に出入りし、また、浮世絵師の歌川豊春に就いたと考えられる時期もあったという。この展覧会では、豊春の美人画と抱一の美人画が並べて展示されていたのだが、特に遊女の顔がそっくりで、単眼鏡で両者を見比べてみると、学んだ跡がよく分かった。

酒井抱一《遊女と禿図》(1787年[天明7年]、出光美術館蔵)

 ところで、この展覧会の準備期間中に、写しをめぐる極めて興味深い“発見”があったことを、廣海さんが教えてくれた。