横浜市で開催中の芸術祭「ヨコハマトリエンナーレ2017」の会場で、音楽の真価を知らしめてくれる作品に出会った。横浜赤レンガ倉庫1号館で展示されているアイスランドの美術家ラグナル・キャルタンソンの作品《ザ・ビジターズ》だ。まず、アートを見せる場で音楽を鑑賞できる点が興味深い。なぜコンサートホールでもライヴハウスでもない場所で披露されているのか。考えてみる意義がありそうだ。

 その空間では、9面のスクリーンにそれぞれ音声がついた映像が流れていた。中央には部分的に壁がしつらえられ、その表裏にもスクリーンがある。歩きながらそれぞれを鑑賞する。アコーディオン、ピアノ、チェロ、ギター、ドラムなど、画面ごとに1人ずつ、ヘッドホンをつけて楽器を演奏する人が映っている。

 しばらく見ていると奏者たちが歌を歌う場面もあった。それぞれの場所は、家具などが置かれているヨーロッパの普通の家の部屋のように見えた。中には浴室で風呂に入りながら演奏しているプレイヤーもいた。

ラグナル・キャルタンソン《ザ・ビジターズ》展示風景(横浜赤レンガ倉庫1号館)

 展示空間の空気に馴染んできたころ、普通ではありえないことが起きていることに気づいた。最初はそれぞれが別の映像を流していると思い込んでいたのだが、9つの画面のプレイヤーたちは同じ曲を同時に演奏していたのだ。ヘッドホンをつけていたのは、奏者たちがお互いの音を聴いて演奏のタイミングを合わせるためだったのだ。

ラグナル・キャルタンソン《ザ・ビジターズ》展示風景(横浜赤レンガ倉庫1号館)

 声を合わせて歌ったり楽器を持ち寄って演奏したりすることに喜びを感じる人は、プロの演奏家ではなくても多いだろう。演奏する楽曲が素晴らしいものであれば、喜びもおおむね大きくなる。ただし、そうしたアンサンブルは、お互いを目で確認することが可能な1つの空間の中で行われるのが普通である。アンサンブルというものが本来あうんの呼吸を必要とするからだ。

 しかし、この映像作品では、異なる部屋にいる奏者たちがアンサンブルを行っていた。おそらくお互いの顔は見えていないはずだ。なぜあえて違う部屋でアンサンブルをしようとするのか。素朴な疑問が頭をもたげる。

ラグナル・キャルタンソン《ザ・ビジターズ》展示風景(横浜赤レンガ倉庫1号館)