人に言われるまで気づかないこと

 同じ光景を見ているのに、人に言われるまで気づかないことは、結構多くあるものだ。たとえば絵画鑑賞において、「この線には勢いがある」「この色とこの色のコントラストが素晴らしい」などと人に指摘されて初めて、「おお、そうだな」と気づくこともある。改めてジャコメッティが描いた矢内原の目や鼻を見ていると、ジャコメッティが普通の人とは違った何を見たかが浮かび上がってくる。観察をよくしたジャコメッティの作品を逆に執拗なほど観察し直すのも、作家の表現の神髄に迫る試みとしてはおもしろいかもしれない。

作家の弟、ディエゴ・ジャコメッティをモデルにした像が並ぶ一角

 細身の彫刻については「本質ではない部分を極限まで削ぎ落とした」と言われることがある。ジャコメッティは、形ではなく対象の本質の“見たまま”を表していると考えるとつじつまが合う。さらには、“削ぎ落とした”中から“本質”がこの作家独特の手跡によってエネルギッシュに顔を出したと拡張解釈してみてもいいかもしれない。

《歩く男Ⅰ》(1960年、ブロンズ、サン=ポール・ド・ヴァンス、マルグリット&エメ・マーグ財団美術館蔵)展示風景
《ヴェネツィアの女》シリーズ(1956年、ブロンズ、サン=ポール・ド・ヴァンス、マルグリット&エメ・マーグ財団美術館蔵)展示風景
《猫》と《犬》(ともに1951年、ブロンズ、サン=ポール・ド・ヴァンス、マルグリット&エメ・マーグ財団美術館蔵)展示風景

 高さ1.8メートルの大作《歩く男Ⅰ》のリアリティーはすさまじく、《ヴェネチアの女》のシリーズからは人間の生きた存在感があふれ出ている。とぼとぼと歩く《犬》と我が物顔に歩く《猫》はリアリズムの極致にも見えてくる。こうした作品の前に立つと、執拗なまでに目の前の存在を観察しているジャコメッティの姿が目に浮かんでくるのである。

《キュビスム的コンポジション−男》(1926年、石膏に着色、大原美術館蔵)展示風景 初期の興味深い作例
「ジャコメッティ展」

国立新美術館(東京・六本木)、2017年6月14日~9月4日
豊田市美術館(愛知県豊田市)、2017年10月14日〜12月24日