「蒸気機関車が描かれている。富士山を描いた明治以降の日本画で、近代という時代を感じさせるものを見たことがほとんどなく、新鮮な印象を受けた」

 東京・丸の内の東京ステーションギャラリーで開かれている「不染鉄(ふせん・てつ)」展を見に行った知人の言葉である。富士山を左右の真ん中に大きく据えたその絵は、日本画家、不染鉄(1891〜1976年)の《山海図絵(伊豆の追憶)》という作品。同展のポスターやカタログ表紙でも使われており、画家の代表作の一枚である。

《山海図絵(伊豆の追憶)》(1925年、第6回帝展出品作、公益財団法人木下美術館蔵)を見入る人々

 筆者も葛飾北斎や横山大観をはじめとする富士山の絵はこれまで無数に目にしてきたが、美しい大自然の代表、あるいは日本の象徴のように表現されることが多く、確かに鉄道が同じ画面に描かれた例を見た記憶がない。

 一方、不染が描いた蒸気機関車は、画面のど真ん中を走っているのだが、民家や灯台など大画面にぎっしりいろいろなモチーフが描かれた中では、うっかりすると見過ごしてしまいそうなほど小さい。

 しかもこの絵、実はスケールが不思議に大きい。太平洋の上空から俯瞰した日本海側までの風景が一望に収められているのである。富士山は冠雪しており、日本海側は雪景色だ。一方、画面下部の太平洋には、海中の岩や泳ぐ魚が描かれている。こんな風景は現実にはありえない。これほどの上空から海を見下ろした場合、魚が識別できるわけがないからだ。画家はなぜそんな絵を描いたのだろうか。