ギリシャの美ではなく、人間らしさがあふれた魅力

 ルノワールも、モネとカンバスを並べていた1870年代は同じ方向を向いていた。だが、最晩年に描いた《浴女たち》はどうだろう。まるで、ぐるぐると筆を回して描くことを楽しんだかのように、裸婦が丸く丸く表現されており、写実とは離れている。同時代の画家セザンヌは、友人の画家宛の手紙に「自然を円筒、球、円錐で描くように」と書いたが、ルノワールの場合は、すべてを球で表現しようとしたかのようでさえある。

 晩年のルノワールには、量感が豊かな裸婦を表した作品が多い。特にそのことを強く感じるのは、彫刻だ。ルノワールの指示で彫刻家のリシャール・ギノらが制作した彫刻が、ある程度の数、残されている。

 この展覧会には、ブロンズ彫刻《水 あるいは しゃがんで洗濯する女性(大)》が出品されていた。実際に立体作品で見るボリューム感あふれる女性像は、なかなか魅力的だ。包まれるような豊かさを感じるのだ。ルノワールの晩年の彫刻は、理想美を追求したプロポーションのギリシャ彫刻のような表現とはまったく異質の、人間らしさがあふれた魅力を醸し出している。

ルノワール+リシャール・ギノ《水 あるいは しゃがんで洗濯する女性(大)》
(1917年?、ブロンズ彫刻、オルセー美術館蔵)。奥には裸婦を描いた晩年の作品が掛かっている

 ルノワールにはもともと抽象に向かう傾向もあった。顕著なのは風景の描写だ。それは光という具体的な形を持たないものをカンバスに描きとめようとしたことに端を発していたのかもしれない。《浴女たち》の背景も、その例の一つだ。たくさんの丸みにあふれており、裸婦の“ぐるぐる”と呼応して、画面全体を現実世界とは違った夢想世界のような空気で満たしている。

 晩年のルノワールは関節炎に苦しみ、南仏カーニュで療養を続けながらも、無理をして筆を執り続けたという。あるいは体の自由がきかずに略筆化された部分もあっただろう。しかし、できる限りの力を使ってひたすら豊かな世界を描こうとした《浴女たち》には、独自の造形志向が表れている。