ムンムンと伝わってくる猫に対する愛情
猪熊の猫に対する愛情は、やはり絵を眺めているとムンムンと伝わってくる。そして、実際にたくさんの猫を飼っていたらしい。猪熊は、猫にまつわる言葉をたくさん残している(下記の引用はすべて『ねこたち 猪熊弦一郎 猫画集』[リトルモア刊]からの孫引き)。
「猫が十二匹もうちに住んでた。だからお客さんがうちに来ると、動物園みたいな臭いがしましてね」(テレビ番組誌上再録 具象から抽象へ 猪熊弦一郎氏に聞く「RNCエリア情報」NO.124 1982年10月20日)
「猫は一匹、二匹飼うよりも、/沢山飼つて見る方が其習性が解つて面白く、/猫同士で結構楽しく生活して居て、/見て居ても、実に楽しい。/猫をよく絵の題材にして居る私も/始めは猫を描く為に飼つたのではなく、/猫を沢山見て居る間に/いつしか猫を描いて見度くなつたので、/これもやはり猫が沢山居る様に/なつてからの事である」(「猫の平和」『造形』1955年3月号=創刊号)
「猫は性質が人間でいえば女性の様なもので、何を心で思って居るか、表情の中に露骨に現さないから一見いじ悪い動物に見える事があるが(後略)」(“赤い眼と猫”「美術手帖」1949年11月号)
![造形意欲の高さが表れた作品群[禁無断転載]](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/report/15/061000001/041000057/p4.jpg?__scale=w:500,h:375&_sh=0e50f60bb0)
特に描くために飼い始めたわけではなく、飼っているうちに猫の魅力にはまり、絵にも描くようになったことが分かる。さらには、藤田嗣治などの画家と同じく、猫を女性のように捉えている点も興味深い。
![[禁無断転載]](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/report/15/061000001/041000057/p5.jpg?__scale=w:500,h:375&_sh=04501308c0)
そもそも素描にはしばしば、画家の本性や描く対象に触れたときの新鮮な感興がストレートに表れるものである。さまざまな画家の素描を見て「生き生きしているな」と感じることが多いのは、そうした理由による。描きたいと思ったら描く。猪熊が描いた大量の猫の素描からは、そんな衝動を読み取ることができる。猪熊は猫を本当に落書きに近い心持ちで描いたのかもしれない。
![猪熊弦一郎、題名不明(制作年不明、水彩・紙、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵)[禁無断転載]](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/report/15/061000001/041000057/p6.jpg?__scale=w:350,h:467&_sh=0f10f40420)
しかし、その素描の表現の中にも驚くほどの多様性があることにも注目し、楽しんでほしい。猪熊は、スケッチや写生とはまったく違う世界を創出している。陰影をつけた猫絵、動きを捉えるのを目的とした猫絵、幾何学的な猫絵、存在感をあらわにした猫絵、性格を表そうとした猫絵…そこにはやはり、自分の表現を究極まで追求した画家の本領が表れているのである。
「猪熊弦一郎展 猫たち」
2018年3月20日〜4月18日、Bunkamura ザ・ミュージアム(東京・渋谷)
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