本誌1月11日号特集「日本が危ない」では、会社を変革できるリーダーが日本には少ないことにも警鐘を鳴らした。一方、企業内のリーダー育成機関の最高峰とも言われているのが、米ゼネラル・エレクトリック(GE)のクロトンビル研修所。そこでは最近、教育内容が大きく変わってきているという。日本GEの熊谷昭彦社長に、クロトンビルの“今”を聞いた。
GEと言えば、リーダー育成が有名です。日本でも、“プロ経営者”としてGE出身者の名前を聞くことは少なくありません。GEの人材育成には、どのような特徴があるのでしょうか。
熊谷:まず、GEは年間10億ドル規模の資金を人材育成に投じています。その大半が、世界初の企業内ビジネススクールとして1956年に誕生したクロトンビルの研修所の運営に費やされています。さらに、経営トップのジェフ・イメルトは、自分の時間の3分の1を人材育成に費やしていると話しています。それほど、GEはリーダー育成にコミットしているということです。私も含め、GEで組織のトップに立つ者は、数字で結果を出すことに加えて、人を育てることも同じくらい重要だと叩き込まれています。
GEにおけるリーダー育成の特徴は、若いうちから様々なチャレンジを与えて、その成果を公正に評価して、見込みのある人材には次のチャレンジを新たに与えて経験を積ませていくことです。それが、リーダーを育てるうえで、最も大切なことだと考えています。私も40代半ばで最初の会社を任され、今は5つ目の会社で社長をしています。
その一方で、クロトンビルでのリーダーシップトレーニングも重視しています。GEでは、キャリア上のチャレンジから得られる経験と、リーダーシップトレーニングで学んだ内容の両方が積み重なってこそ、リーダーは育つと考えられています。
ウェルチの時代までは「カリスマ」を育てた
クロトンビルでは、どのような教育がなされているのでしょうか。
熊谷:最近、クロトンビルで特に重視されているのが、コーチングです。部下から相談を持ちかけられたときに、「こうしなさい」「ああしなさい」と指示するのではなくて、「なぜ困っているのか」「どういう背景があるのか」など様々な質問をして解決策を本人に気付かせるというスタイルです。
昔は、誰が見てもこの人がリーダーだというカリスマ性を持つ人材を厳選して育てるという時代もありました。そうした人を早期選抜して、特別な教育を受けさせていました。(前会長の)ジャック・ウェルチの時代までは、そうだったと言えるでしょう。当時のGEは、カリスマがある強いリーダーが「こうなんだ」と言い切って、腕力で部下を引っ張っていくのが良しとされていて、それがウェルチ自身のスタイルでもありました。
しかし、私たちは、今はそういう時代ではないと考えています。いろいろな人を育てながら、将来の若者たちをリードできるようなリーダー層をできるだけ増やそうと考えるようになりました。もっと社員の気持ちになって、社員の言い分にも耳を傾けていこうと。
この変化は、GEのビジネスのやり方が変わってきていることにも起因しています。これまで以上にカスタマーセントリック(顧客中心)で事業を展開するためには、顧客が本当に要求していることを理解する能力が重要になります。これまでのように、インサイドアウトで私たちが良かれと思っているものを顧客に届けるのではなく、アウトサイドインで顧客が本当に必要としているサービスやソリューションを届けなければならないという問題意識です。
イメルトになってチームワーク重視に
イメルト会長になって、ずいぶん人材育成のやり方も変わったのですね。
熊谷:そうですね。今のクロトンビルのトレーニング内容をウェルチ時代と比べると、圧倒的にチームワーク重視です。昔はというと、最も有力なハイポテンシャルな人材を集めて、徹底的に帝王学を叩き込むというスタイルでした。
ウェルチの考えはこうだと教えたり、米ハーバード大学から教授を呼んできて世の中のリーダーシップというのはこうなんだと教科書的に教えたり。それはそれで、あの時代には良かった思います。しかし、事業環境が変わって、チームを最も効率よく動かすためにはどういうリーダーシップが必要かを、チームの中で考えさせ、身に付けさせるようなスタイルに変わってきています。
例えば、クロトンビルのトレーニングの中に、LIG(Leadership Innovation for Growth)というものがあります。それは、各リーダーが自分のスタッフ全員を引き連れてクロトンビルに来て、実際に自分たちが抱えている課題について、1週間、新しいトレーニングを受けながらチームで解決策を見いだしていくというものです。チームの強みや弱みを再認識し、より良いチームへと変化していくことを期待しているプログラムです。
とにかく、チーム内のディスカッションが重視されるようになりました。世界中から人材が集まるのですが、全員に言いたいことをちゃんと主張させる。それと同時に、誰かが話している時は、必ず耳を傾けて人の話を聞く。そのことの重要性が、昔よりもはるかに強調されています。
昔は正直言って、クロトンビルのトレーニングに選ばれる人はエリート意識がすごく強く、ほかの人より自分が目立つことを優先する人間が多かったです。そうすると、目立つことが競争になってしまう。それはそれで良い面もあるのですが、闘争心を表に出せない人にとっては不利になるところがある。
そうではなくて、少し協調性を持たせて、周りの人の意見を聞くことも重要な能力の1つなんだということを、意識的に経験させるようになりました。
「建設的な対立」がチームワークには必要
それが、イメルト会長のスタイルでもあるのですね。
熊谷:そうです。ジェフは、クロトンビルのある程度レベル以上のトレーニングには、必ず顔を出します。そこで、ジェフの考えも伝えるのですが、大半の時間はみんなからの質問を受けたり、話し合うことを重視しています。1つのトレーニングは1時間程度ですが、それが週にいくつも同時に走っているわけですから、年間ともなると大変な時間になります。こうした時間や人事がらみに費やしている時間を合計すれば、自分の時間の3分の1を教育に費やしているというのも、納得できます。
チームワークについて、特にジェフが強調しているのが、強い個があって、その集まりがチームであり、チームの中には常にコンストラクティブ・コンフリクト(Constructive Confrict)が絶対に必要だということです。お互いに言いたいことを言い合える健全なディベート環境があってこそ、良いチームワークを発揮できるという思いがあるのです。
日本には何でも言い合えるチームが足りない
GEでは、オープンイノベーションをはじめとして、社外のパートナーとも密接に協力関係を結んで事業を進めていくことが増えています。もはや、GEだけで何でも実現できる時代ではありません。むしろ、これだけの情報社会ですから、社内外で使えるものは何でも使って、経営判断を下していく必要があります。
意思決定のプロセスでは、これまで以上に幅広い情報が必要になってます。そのうえで、決定してからは一気に実行へとドライブをかける。それこそが、今の時代に求められているリーダーシップです。
私は、この考え方がとても好きです。昔のGEと比べると、すごく改善されつつあるところだと思います。本当の意味で、全員が参加できるチームになりますから。
逆に、日本にとってこれは大きなチャレンジです。日本の会社の良さはチームワークにあると言われることがあります。しかし、どちらかというと、日本のチームワークは、会社の方針があったら全員で従うということではないでしょうか。それが、グッドチームだと。
しかし、本来は、自分に何か意見があったら言うのは当然で、逆に言わないのはチームに対して失礼にあたると考えるべきではないでしょうか。何でも言い合える環境を作る努力が、日本には足りないように思います。
他人と異なる意見を言うことを恐れるな
外資系の日本GEでも、そうなのですか。
熊谷:比較的そうですね。日本のカルチャー的に、なかなか変わることが難しい。
それは、突き詰めれば生まれ育った環境が大きいのでしょうね。基本的に日本では、小さい頃から学校では「黙って先生の話を聞きなさい」と教育されるわけですから。
サラリーマン社会でも、トップが考えていることと違うことを主張したら、社内で干されてしまうのではないかと恐れを抱く人も多いのではないでしょうか。
熊谷:そういう恐れを抱く人もいるでしょうね。しかし、そういうことを怖がってしまう人たちには、もっと勇気を持ってほしい。一方で、リーダーたちは、そういう懸念を部下に抱かせないような雰囲気づくりをしなければならないでしょう。それこそが、今のリーダーに求められる資質ではないでしょうか。
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