哲学者で『嫌われる勇気』の著者である岸見一郎氏が、医師患者関係を解きほぐす最新刊『医師と患者は対等である』からの抜粋です。初回は第一章「患者と信頼関係を取り結ぶ」から。診察室での使い方に注意が必要な「大丈夫」という言葉について考えます。
「大丈夫」は、診察室で医師も患者もよく使う言葉です。医師は患者が「大丈夫」といった時に、それをどういう意味で使っているかがわからなければ、対応を誤ることになります。また、医師が同じ言葉を使う時、患者がその言葉をどう受け止めるかを知っていなければ、思いもよらぬ反応があった時に驚くことになります。
患者が「大丈夫」という時、一体どういう思いでそういうのか。それを知った上で、どのような態度や言葉で応えていけばいいか考えてみましょう。

実際には大丈夫ではない「大丈夫」
患者が「大丈夫」といっても、実際には大丈夫ではないことがあります。私が心筋梗塞で倒れた時、救急車で病院に搬送されました。その時、救急隊員が私に「大丈夫ですか」と声をかけました。
夜中に目を覚ました時に呼吸が苦しく、このままでは死んでしまうと思って家族に救急車を呼んでもらったのですから、決して大丈夫ではありませんでした。それでも私が「大丈夫」と答えたのは、「息はできているから大丈夫」という意味でした。
その時点では、心筋梗塞を起こしていたとは知らなかったので、他にもたずねられたことには自分で答えていました。ほどなく、話そうとすると苦しくなりました。もしもその時に「大丈夫か」とたずねられたら、大丈夫とは答えなかったでしょう。
このような緊急時ではなく、診察室で医師から大丈夫かと問われたのであれば、大抵は「大丈夫」と答えられる状況でしょう。もっとも、急激に重篤な症状が出たとか、しばらく処方された薬を飲んでいたのに、一向に改善が見られないので受診したというのであれば、「大丈夫」とは答えないでしょう。
患者というのは、日本語では「患う人」という意味ですが、英語のpatientは「苦しむ人、耐える人」という意味です。patientの語源は、「耐える、我慢する」という意味のラテン語patiorです。patiorの現在分詞がpatiensで、英語にはpatientのつづり字で取り込まれました。患者は我慢する人、耐える人なので、大丈夫かとたずねられたら、「大丈夫」と答えるのです。その意味は、苦しくないということではなく、苦しみを我慢しているということです。
早く診察を終えたいと思う時にも、患者は大丈夫というかもしれません。患者としては、診察までに長い時間待った分、時間をかけて診てほしいと思う一方で、正直に気になることをいうことで診察が長引いたら困るとも思います。
本当のところは、診察が長引くことが困るのではありません。患者は診察を受ける時、不安でたまらないのです。医師が患者として受診する機会があれば、患者が大きな問題を指摘される前に早々に退散したくなる気持ちがわかるかもしれません。
とはいえ、実際には大丈夫ではないのに「大丈夫」と患者が答えると、治療に支障をきたします。もちろん、検査データがあれば、患者がどう答えようと大丈夫ではないことはわかりますが、データだけではわからないことはあります。検査結果を時系列に沿って並べた時に、前回受診時から顕著な違いがあれば、この間に何かあったかはたずねなければわかりません。
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