HRBPやCHROが求められる

安斎氏:まず意識を変えなければ、どうしても既存の仕組みや制度にこだわってしまうでしょう。人事部は元からある仕組みをいじることには慣れています。しかし、既存のものを超えるものに変えることは容易ではありません。「仕組みそのものが合っていないのなら、全く違うものをつくればいい」と発想できることが大切だと思います。

では、これからの人事部に求められる新たな職務とは何だと思いますか?

安斎氏:今の日本の人事に欠けているのはHRビジネスパートナー(HRBP)のような役割だと思います。いわば戦略人事のプロフェッショナルです。会社としてどんな人事戦略を展開するか、採用はどうするか、どんな人材をどこに置くのか、育成はどうするのか、といった戦略を、会社の制度としての側面を踏まえながら「人生観」をもって企画立案します。

 現状は、戦略立案をする機能と、現場で実行する機能が一緒になっているということがまだ多いです。しかし本当は分けるべきだと思います。現場のオペレーションはシステムに任せられる面が多いです。

 人事には、人材をどう育成しエンゲージメントさせるかという戦略が必要です。しかし、5年後、10年後のリーダーについて経営者と一緒に考えられる人材が大企業の人事部にもほとんどいません。社長や役員が人事部に「自分の後継者に社員の誰を選ぶか」と相談することは少ないと思います。外部の人事プロフェッショナルの人や組織にそうした相談をすることも多いですが、それに代わる役割を人事部が果たすことが必要だと思います。

そのためには、経営者と対話しやすいポジションに人事部を置いたほうがいいかもしれないですね。

安斎氏:人事部と経営企画部はCEOの側にいたほうがいいと思います。CHRO(最高人事責任者)も重要です。

「人事部は経営者と近い位置にいるほうがいい」と話す安斎氏(写真:鈴木愛子)
「人事部は経営者と近い位置にいるほうがいい」と話す安斎氏(写真:鈴木愛子)

CHROは話題になるようにはなりましたが、まだ一般的な役職ではないと感じます。

安斎氏:確かに優先順位はまだ低いですが、CHROは企業にとって絶対的に必要な存在です。CSO(最高戦略責任者)と同等か、それ以上のお金をかけて能力のある人を採用しなければならない。そろそろ人事労務の在り方を変えていかなければならないと思います。

エンゲージメントを下げる、4つの人事ギャップ

個人のエンゲージメントを重視する傾向が強まっています。

安斎氏:今までは個人のエンゲージメントや最適な配置を考えなくても、企業の価値を最大化することが可能でした。社員が会社に従ってくれるという側面が強かったからです。

 しかしその価値観が変わってきたため、社員をモチベートすることが企業のリソースキャパシティーに大きく関わるようになりました。

 企業のリソースキャパシティーは、ヘッドカウント(従業員の頭数)とスキルの掛け算という定数で決まっていました。しかし、今はさらに社員のエンゲージメントという変数を掛け算する必要が出てきました。つまりエンゲージメントがゼロなら企業の力はゼロになってしまいます。今や従業員エンゲージメントを上げなければ企業価値の最大化ができなくなったのです。2010年代後半ごろからそこにフォーカスされ始め、パーパス経営や個人の働く意義が重要視されるようになったと思います。

エンゲージメントをどう上げるか、正解のない中で戸惑う経営者が多いのではないでしょうか。

安斎氏:社員が働きがいを持つためには、企業視点と個人視点の人事システムのギャップを埋めることが必要だと思います。

 大きく4つのギャップがあります。1つは仕事のマッチング。社員がやりたいと思っている仕事と、企業側が考える適材適所がうまく合致していないことがあります。2つ目は人材育成。企業側が育成したい姿と、社員が成長したい姿が必ずしも一致しない。

 3つ目が契約形態。従業員が求める雇用形態の多様化に会社側がついていけていない。4つ目が評価や給与。週5日出勤できる人と、3日しか出勤できない人をどう公平に評価するのか。そこにギャップが生まれることが多くあります。

 我々はITの進化によって、2つの異なる視点をマッチングさせるシステムをつくれるようになると思っています。まず、人間の動きのデータを蓄積することでAI(人工知能)がその動きをある程度予測できるようになってきています。そして量子コンピューターがその処理を加速させます。

 この2つの技術があれば、将来的にエンゲージメントに関する人事施策がITによって可能になる。我々はそうしたシステムを実現したいと思っています。

大企業で起こりがちな人事のミスマッチは、AIと量子コンピューターで最小限に抑えて最適化できるようになるのですね。

安斎氏:例えば、20代と30代のやりたい仕事の違いなど、年齢による働きがいの変化をAIで分析しておくことでマッチングがしやすくなるでしょう。人事は人の心に入るところなので、アナログな世界がデジタル化される面白い領域だと思います。

 それでも人間の気持ちが入る余地は残ります。上司の裁量や、最後は本人が決断するというアナログな部分は残すべきだと思っています。

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