どこか難しく縁遠いイメージを持たれることも多い現代アート。本連載ではより身近にアートを楽しめるよう、「現代アートの現在地」をテーマにその歴史や代表的な作品、産業構造、マーケットやトレンドを分かりやすくひもといていきます。第1回はイントロダクションとして「市場の成長」、そしてテクノロジーが開拓する「今後のアート業界」について概観します。

そもそも現代アートって? その魅力とは

 長い美術史の中で現代アートは、おおむね20世紀後半以降に生まれたアーティストによる作品群と位置付けられています。「現代アートとは何か?」。その問いを理解するための重要な視点として、現代アートの先駆けとも呼ばれるフランスのアーティスト、マルセル・デュシャン(以下デュシャン)の作品を見てみましょう。

(写真=Henri Cartier-Bresson/Magnum Photos/アフロ)
(写真=Henri Cartier-Bresson/Magnum Photos/アフロ)

 1917年に発表された、既製品の便器に署名と制作年が入っただけのデュシャンの代表作《泉》は、日常生活に登場する便器をあえて作品として展示することでその機能性を無効化しています。彼はこのように既製品をそのまま、または少し手を加えて作品としたものを「レディメイド」と呼びました。

 当時は「これがアートなのか?」と大きな物議を醸し、批判を浴びる結果に。しかし、その問題提起こそが、デュシャンの一つの狙いでもありました。

 少し歴史を振り返ります。19世紀ごろまで、アートの評価には「機能性」や「写実的な美しさ」といった分かりやすい基準やトレンドが存在していました。19世紀にフランスで活躍したアーティスト、ポール・ドラローシュが発したとされる「今日を限りに絵画は死んだ」という言葉が示す危機感の通り、アーティストたちは「美」や新たな表現方法を必死に模索し、印象派やキュビスム、シュルレアリスムなどが続々誕生することとなります。

 そうした潮流の中で、デュシャンも既存概念をあえて覆す作品で鑑賞者が違和感や疑問を起こすコンセプチュアルアートの先駆者として名を残すこととなったのです。

 そして、テクノロジーがさらに発展した現代。アートの定義そのものが問われるような、デュシャンを発端としたセンセーションは今も続いているように思えます。

 機能性が高いものにあふれ、新しいものが次々と生み出される目まぐるしい変化の時代において、アーティストは自分なりの基準にのっとって今を切り取ったり美を定義したり、より表現幅や自由度が高まっているのが現代アートの現在地と言えるでしょう。

 誰もが自分らしさや美の基準を持ち表現の自由度の高い世界では、鑑賞者である私たちにも作品への評価に向き合う責任を委ねられている気がします。そこにはかつてのような美の基準や中央集権的な批評がないからです。しかしその責任は、アートを自分のアイデンティティーへと転化、自分ごと化する楽しみをもたらしてくれます。

 このようにアートの定義に答えがないことこそが現代アートに「多様性」を生み出しているのではないでしょうか。

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