企業の働きがいを調査・分析するGreat Place To Work Institute Japan(GPTW Japan)の代表・荒川陽子氏が働きがいのある企業の取り組みを紹介する本連載。今回は番外編として、2月9日にGPTWが開催した「2023年版 日本における『働きがいのある会社』ランキングベスト100記者発表会・表彰式」の中から、一橋大学CFO教育研究センター長・伊藤邦雄氏のトークセッションの内容を抜粋して紹介する。日本企業はどのようにして社員のエンゲージメントを高めていけばいいのだろうか。
(聞き手:荒川陽子氏)
企業のパーパスを押し付けていないか?
人的資本経営を推進する中で、従業員のエンゲージメントや働きがいを高めていくために企業が実施すべき具体策を教えていただけますか。
伊藤邦雄氏(以下、伊藤):これは非常に重要なテーマで、従業員の働きがいを高めるために、企業はさまざまな施策を打つ必要があると思います。ただし、大前提として、「自分のキャリアを自分で選択し、つくり上げていくんだ」という従業員のマインドがまずは大事になります。自律的にキャリアを選んでいく姿勢を「キャリアオーナーシップ」といいますが、これは今までのメンバーシップ型の日本企業にはほとんどありませんでした。
例えば、従業員に部署異動の希望を聞く自己申告制度を導入している企業があります。ただ、「希望を出して、かなえられたことはあるんですか?」と聞くと、みんな口をそろえて「ほとんどありません」と言う。
そういうことが長く続いてきてしまったために、従業員の中に「諦め」のようなものが生まれ、キャリアに対して希望があっても蓋をするようになってしまっているのだと思います。
エンゲージメントを高めるために、パーパスを策定する企業も増えています。
伊藤:パーパスの策定自体は非常に素晴らしいことだと思いますが、少し注意が必要です。パーパスが同調圧力的に強制力を持ってしまうと、従業員の働きがいは高まらないからです。一人ひとりのパーパスと会社のパーパスが少しずつ近づいて、重なりが出てきたときに変革のムーブメントが起こります。そのため、「会社のパーパスをつくったから安心」ではなく、従業員のパーパスとすり合わせるため、一人ひとりと対話するプロセスを大事にしていただきたいと思います。
パーパスをつくるのは経営者の役割なのか、管理職の役割なのか。従業員100人以上の企業の場合、経営者が一人ひとりと対話をするのは難しい。経営者と管理職の役割はどう考えたらいいでしょうか。
伊藤:経営者が3000人の社員と3000回の対話をするのは無理でしょう。うまくいっている例を紹介すると、4~5人でチームになり、1人が生い立ちを語るんです。残りの人たちがそれを聞いて、「あなたの生い立ちのこの部分が会社のパーパスにつながっているのでは?」などと指摘する。対話によって自分でも意識していなかったようなことに気づかされるわけです。
多くの人は会社で自分の生い立ちを語ったことはないと思います。でも、対話によって新しい発見があるので、どんどん話していくといいと思います。
日本では「管理職」という言い方をしますが、部下を管理することが仕事ではないですよね。メンバーにいかにいい仕事をしてもらい、エンゲージメントを高め、自己成長につなげてもらうかを支援するのがリーダーの役割です。だから、経営者だけでなく、リーダーの皆さんにも、メンバーのパーパスを引き出し、会社のパーパスとの共鳴を実現していただきたいと思います。
最近では、上司と部下の1on1ミーティングを導入している企業も増えています。
伊藤:日本企業は、かつてよりもかなり、社内での対話が進んでいると感じます。部下が生い立ちを語り、上司がそれを傾聴すると、部下も「話していいんだな」と安心して話し始めることができます。しかし、そうやって始まった対話も、10分もすれば上司が話を遮り、指示をして終わってしまった、ということがよく起こっています。そうすると、むしろエンゲージメントは下がってしまいます。
「会話」と「対話」は違います。私の解釈ですが、共通の価値観の中で成立するコミュニケーションが会話だとすれば、お互いの価値観が分からない中で違いを見つけ、どう埋めていくかを探索する作業が「対話」です。
特に上司に叱られて育った50代以上の人たちは、対話の訓練を受けていませんから、苦手としている人が多くいます。対話とは何かを一度社内で確認し合うことが必要だと感じています。
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