この世の悩みのほとんどは、人間関係に起因するともいわれています。確かに、職場の同僚や顧客との人間関係は、仕事のモチベーションにも影響するでしょう。そこで今回は、「人間関係の捉え方が変わる哲学思考」について取り上げます。

自分とは確固たる存在なのか?

 普段、仕事をする中で、気が合う人もいれば、気が合わない人もいると思います。会社などでは苦手な人を避けてばかりもいられません。では、どうしたらそうした人ともうまくやっていけるでしょうか。まずは、自分自身の捉え方を変えてみましょう。私たちは、確固たる自分があって、その自分が他者と接していると思いがちです。だから自分に合う人や合わない人がいると考えるのです。

 例えるなら、自分という枠があって、その枠にはまる人とはまらない人がいると思っているわけです。果たして本当に自分とは確固たる存在なのでしょうか? 自分の枠などというものがあるのでしょうか?

社会においては、苦手な人を避けてばかりもいられないものだ(写真=PIXTA)
社会においては、苦手な人を避けてばかりもいられないものだ(写真=PIXTA)

 こうした考え方に異議を投げかけたのが、20〜21世紀フランスの哲学者ミシェル・セールです。セールは、自分という存在はあたかもフランス語のエートル(être)のようなものであると主張しました。エートルというのは、英語のbe動詞のようなもので、主語によって形を変える動詞のことです。

 「être」は、主語が「Je(私)」なら「suis」になり、「Tu(あなた)」なら「es」、「Elle(彼女)」なら「est」などというふうに変化します。英語ならおのおのI am、You are、She isとなりますね。このように主語、つまり相手によって自分であるエートル自身が変わってしまうのです。

 ということは、もともと確固たる自分があるわけではなく、相手によって違う自分になっている。そういわれると、確かに私たちは、自分の子どもと接するときは親になり、顧客と接するときはビジネスパーソンになっています。地域活動に参加する際、近所の人の前では地域の一員になっているでしょう。

 これは決して「本当の自分があって、役割に応じて仮面をかぶっている」という話ではありません。どれも本当の自分であって、それ以外に素の自分などというものを確定できないという理屈なのです。なぜなら、人は常に誰かとの関係に置かれているため、どんなときもその誰かに対する自分でしかいられないからです。さて、どうでしょう。自分というものに対する考え方が変わってきましたか?

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