相手も自分と一体の存在だとしたら?
次に、相手について考えてみましょう。相手とはどんな存在か? 私たちはそもそも相手を他者として捉えていると思います。自分とは異なる存在です。だから自分の意のままにはならないし、人間関係がこじれるのです。
では、もし相手も自分と一体の存在だと考えたらどうでしょうか。そんな発想をしたのが、20世紀ドイツの哲学者カール・レーヴィットです。彼の唱えた共同相互存在論は、あたかも「自分と相手を一体のもの」と位置付け、互いに補い合いながら行為する存在だとする考えです。
ただし、最初からそのような関係にあるわけではありません。抵抗、対話、承認というプロセスを経て、ようやく共同相互存在になるのです。もともとは他人ですから、考え方や価値観が異なります。だから抵抗も生じます。もっとも、私たちには対話をする能力があるはずですから、それによって抵抗を解消できます。その結果、互いを承認できれば、もう一体の存在になったといっても過言ではないわけです。
哲学思考では、気の合わない人にどう対処する?
以上を踏まえて、改めて人間関係について考えてみたいと思います。例えば、社内に気の合わない同僚がいるとしましょう。この場合、セールやレーヴィットの哲学を応用すると、どう対処できるか。
まずセールのいう「相手によって変わる自分」を当てはめると、「気の合わない同僚に自分を合わせる」のが正解になります。人はそう簡単に変わりません。従って、相手を変えられないので、自分を変えるよりほかないのです。その際、決して我慢するのではなく、そもそも相手に合わせることしかできないと考えるわけです。そうすると気が合わない状況は解消されます。
不思議なことに、本気で相手に合わせようとすると、意外と相手の気持ちが分かってくるものです。自分がその考え方になるのは無理でも、相手を理解することは可能です。どちらがそれをやるかです。相手に望めないなら、自分がやるだけのこと。これは妥協ではありません。立派な「戦略」なのです。
次にレーヴィットのいう「共同相互存在を意識する」と、どうなるか。最初は気の合わない相手に抵抗を感じるでしょうが、そこを頑張って対話し、相手を認められれば、共同相互存在になれます。つまり、相手を理解し、つながりを構築するわけです。ライバルが互いを認め合うような感じですね。
セールとレーヴィット、いずれにも共通しているのは、「自分が折れることで相手を受け入れる」点です。結局、人間関係は自分が折れない限り、解決しません。ただ、それをしぶしぶやるのと、哲学思考としてやるのとでは大違いです。少なくとも「やらされた」のではなく、「前向きにやっている」点でストレスを軽減できますし、何より問題を乗り越えたという充実感を得られるはずです。
哲学者のプロフィール:
ミシェル・セール(1930-2019)。フランスの哲学者。幅広い分野について論じたことから現代の百科全書派と呼ばれる。著書に『パラジット』などがある。
カール・レーヴィット(1897-1973)。ドイツのユダヤ系の哲学者。哲学史家として知られる。日本で教壇に立ったこともある。著書に『共同存在の現象学』などがある。
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