「大人のトライアスロン」連載、今回は、運動による精神疲労のリセット効果について考察します。仕事面で順風満帆といえども、マルチタスクで精神的に疲れている状態が続いている人は多いかもしれません。一方でトライアスリートは、運動による疲労で、精神的な疲労をリセットできているかもしれない――そんな仮説を基に、63歳の小説家でトライアスリートの倉阪鬼一郎さんの例を紹介します。
40代から始まる「中年の危機」
「体力=仕事力」をテーマとした前回記事(トライアスロンをやめて分かった「体力=仕事力」)は、1月の30日間アクセスランキング6位、「実体験として分かる!」といった感想も幅広くいただきました。
特に前回でも言及した40代前後の年齢では、運動・食事・睡眠などの生活習慣の差が、体力差として露呈し始めます。さらに仕事や家庭などの社会的役割も重なり、複数の仕事を同時進行させる「マルチタスク」状態がストレスとなる人も多いでしょう。中国の古典では「不惑」とされる40歳ですが、現代社会では「中年の危機」とも呼ばれるような不安の高まる時期と言えます。
40代の疲労感の強さは、20代~60代の男女を対象とした意識調査でも表れており、
- 「ストレスを感じる」 40代男性76.7%(男性1位) 40代女性78.6%(全体1位)
- 「肉体的に疲れを感じていることが多い」 40代男性41.4%(男性1位) 40代女性43.3%(全体1位)
という結果が、『哀しくも愛おしい「40代おじさん」のリアル』(前沢裕文著、日経BP)で紹介されています。
全体的に、肉体的な疲労感は30代に上昇して40代は高止まり、精神的な疲労感は40代が最悪で、男女比では女性のストレス感がやや強いようです。
では、こうした強いストレスはきちんと発散されているのか?
同書の40代男性データをみると、
- 「1年を通して、楽しんでいる趣味がある」 51.1%(最下位タイ)
- 「大好きで熱中していることや、はまっている物事がある」 22.4%(最下位)
と、ストレスに反比例するかのように、熱中できる対象は欠乏している様子です。
では、どうすればいいのか?
精神科医の木村好珠氏は同書で、診療経験を踏まえ、「40代は、ストレスの要因は増えて、吐き出し口は昔より減っている」と指摘した上で、「熱中していること、はまっていることがないのなら、つくったほうがいい」と提言します。イライラすること自体が悪いのではなく、その行き場がないことが問題なのです。
心の疲れを体の疲れでリセットする
吐き出し口として、スポーツは有効です。心の疲れを体の疲れでリセットできるからです。その究極とも言える経験を経済小説家の江上剛さんが著書『55歳からのフルマラソン』(新潮新書)で生々しく回想しています。
2010年、破綻寸前の日本振興銀行の社長を引き受けた江上さんは、死や自己破産すらリアルに迫るという、私のような凡人には想像もつかないストレスの渦中に投げ込まれます。そんなときに友人にランニングに誘われ、最初はいやいや走り始め、やがてのめりこんでいきます。走っている間は仕事の苦痛から逃れることができ、「死に神の声はいつしか小さくなっていく」と表現するほどの救いを得ました。
江上さんはその過程で、体重が86kgから15kg減り、睡眠時無呼吸症候群も克服しました。「健康を目的にした努力」は続かないが、「感動の過程としての運動」なら続けられ、結果として健康も手に入る、という話は、前回の「3人のレンガ職人」のたとえ話とも重なりますね。結局、マラソンが江上さんの人生を救ってくれたのです。
読み物としては楽しめるのですが、江上さんの例は、巨大なストレスが前提になります。そこで、ストレスなく運動習慣を生かしている事例を紹介しましょう。
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