「親ガチャ」という考え方が「他人軸」なのよ

 てつやさん、とても悩んでいますね。彼が不幸なのは、比較対象にされてしまう、優秀な兄がいる、ということでしょう。でもね、同じ立場であっても、自己肯定感の高い人であれば、成績で勝とうが負けようが、兄のことなんか考えたこともないと思うんです。

 幼少期の体験は、確かに思考に影響を及ぼします。例えば、「いい成績をとらなければいい子じゃない」「親のことを手伝わないと愛してもらえない」といったように、取引の中で生きてきた人は、自己肯定感が低いまま育つ傾向があります。取引ではなく、ただ「あなたはそのままでいいんだよ」「そのままのあなたが大好きだよ」と言われて育った人は、自己肯定感が高く、自分軸で動ける人になります。

 ただし、自己肯定感が低くなるパターンには、実際に親から無条件に愛されなかった場合と、実際には親は愛していたけれど、本人が愛されなかったと解釈する場合とがあります。てつやさんがどちらかは分かりませんが、本人の自覚として「愛されなかった」と感じていることは確かなようです。

 私が思うに、てつやさんの思考の癖からすると、仮に優秀な兄を持たず自分が一番優秀だったとしても、同級生など他に優秀な人と比較したはずです。家庭環境に関係なく、これがてつやさんの性質なのです。

 「親から褒められたことがない」、それはおそらく真実なのでしょう。でも、問題はそこではなく、そのことばかり考えてしまうことにあります。親に褒められたい、親を喜ばせたいから何かをするというのは、思考が「他人軸」になっています

 そもそも「親ガチャ」という考え方自体が他人軸です。もし自分の意見が明確で、それを親が反対するのであれば、親元から離れればいいんです。

 この自分軸、他人軸の視点から、てつやさんの仕事について考えてみましょう。上司から大きなプロジェクトに抜てきされ、失敗が怖いからと断りました。「上司の期待に応えなければならない」と考えるから、「失敗したらどうしよう」という思考になるんです。

 純粋に、自分がやってみたいかどうかを考えてみてほしいです。やりたくなければ断ればいい。自信があるかないかは関係なく、面白そう、やってみたいと思うのであれば、やってみればいい。これが、自分軸です。

 本当に何かをやりたい、と思ったときは、たとえ失敗してもやるでしょう。やりたいからやる、それだけです。

 それに、失敗してもそこで終わりではないし、行動すれば必ず学びがあり、続きがあるはず。失敗も成功も過去として流れていき、また次の機会がやってきます。だから、失敗や成功という概念そのものが、あまり意味のないものだと言えるでしょう。

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