嫌悪感を抱く人たちに逃げ道を

 一方で、これまでの回で触れてきたとおり、デジタル故人を真剣に求める人も確かに存在する。そうした人たちの需要と、大勢の人たちの拒否感が交錯しないように交通整理できれば、現状はニッチであってもデジタル故人の市場を穏便に育てていけるのではないか。

 そうした考えに基づいて制作会社のWhatever(東京・港)は、20年3月に『D.E.A.D.』という死後復活についての意思表明サービスを立ち上げた。『D.E.A.D』は『Digital Employment After Death=死後デジタル労働』という意味だ。

 このサイトにアクセスすれば、自分自身のデータを死後に利用して復活させる意思表明書が簡単に作成できる。「一切の利用を認めない」や「私が指名した人なら人工知能を作ることを許可する」などの意思が簡単に明示でき、その場でPDFとしてダウンロードできる仕組みだ。

『D.E.A.D.』の意思表明フォーム。全拒否は左のように1つのチェックで済む。許可する場合は右のように条件にチェックを入れた上でPDF化する。
『D.E.A.D.』の意思表明フォーム。全拒否は左のように1つのチェックで済む。許可する場合は右のように条件にチェックを入れた上でPDF化する。
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 『D.E.A.D.』に法的な効力はないが、この書面が死後に残された人たちに渡れば自分の考え方はしっかりと伝えられる。死後に自分の分身が作られたり姿形を再生されたりするのが嫌なら嫌だと言える。「デジタル故人を作るなら、ただ働きにならないように」と注文をつけることもできる。「その利点が大きい」と同社CEOの富永勇亮さんは語る。

 「デジタル故人などのサービスをつくるとき、まずはそこに拒否感や嫌悪感を抱く人たちの逃げ道をつくらなければならないと考えました。『D.E.A.D.』はそのためのプラットフォームなのです。たとえば臓器提供カードも提供の意思だけでなく拒否の表明もできますよね。現在の臓器移植は、そうやって自分が嫌だったら拒否できる、強制されないという安心感の上に成り立っているところがあります。それに近いものを提供したいと考えました」(富永さん)

 『D.E.A.D.』の公開に先駆けて20年1月から2月に日米で実施した調査(有効回答1030件)では、「故人をデジタルで復活させたい」との回答は23.3%にとどまり、76.7%が「NO」と答えていた。その理由の首位となっていたのは、亡くなった本人の意思が確認できないまま無断で実行すべきではないというものだった。

Whateverが実施した「死後の肖像の扱い方についての意識調査」にある、反対の理由に関する調査結果より
Whateverが実施した「死後の肖像の扱い方についての意識調査」にある、反対の理由に関する調査結果より
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 逆に言えば、死後の「復活」を明確に認めた故人のデータであれば、活用への拒否感を抑えられるのではないか。そうやってすみ分けをしていくことが重要だと同社CCOの川村真司さんも考えている。

 「多くの人が嫌悪感を抱く根本は、故人を無断で好き勝手にいじっているのではないかという部分だと思います。しかし、本人が生前に認めた範囲内での活用であるならば、もう少し死後の活用について許容しやすくなるのではないでしょうか」(川村さん)

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