AI(人工知能)を研究開発し、社会実装を目指す、クリエイターズネクスト(東京・港)の代表取締役・窪田望氏と、日本大学文理学部情報科学科助教・次世代社会研究センター長の大澤正彦氏が、それぞれの観点からAIを語り合う。3回連載のラストは、AIがもたらす人類の未来について語り合った。

第1回・GAFAMも追わないところにチャンスが潜む「汎用型AI」とは
第2回・なぜ欧米諸国に負ける? AI弱者日本の不都合な真実
第3回・AI研究者たちの決意「人を幸せにする未来のために努力する」(今回)
左:窪田 望氏 右:大澤 正彦氏(写真=竹井 俊晴)
左:窪田 望氏 右:大澤 正彦氏(写真=竹井 俊晴)
窪田 望(くぼた・のぞむ)
クリエイターズネクスト 代表取締役
米ニューヨーク州生まれ。慶応義塾大学総合政策学部卒。2年連続で日本一のウェブ解析士に選定。大学時代にクリエイターズネクストを起業。東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻グローバル消費インテリジェンス寄付講座/松尾研究室(GCI 2019 Winter)を修了。米マサチューセッツ工科大学のビジネススクールであるMITスローン経営大学院で「Artificial Intelligence: Implications for Business Strategy」を修了。
大澤 正彦(おおさわ・まさひこ)
日本大学文理学部情報科学科助教。次世代社会研究センター長
1993年生まれ。慶応義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了。東京工業大学附属高校、慶応義塾大学理工学部をいずれも首席で卒業。学部時代に全脳アーキテクチャ若手の会を設立。日本認知科学会にて認知科学若手の会を設立、2020年3月まで代表を務める。20年4月から日本大学文理学部情報科学科助教。同年12月から次世代社会研究センター長。夢はドラえもんをつくること。

連載ラストとなる今回は、AIの未来についてぜひお話しいただきたいと思っています。その前に、気になるのがお二人のバックグラウンドです。なぜAIの研究を始められたのでしょうか。

大澤正彦氏(以下、大澤):「なぜAIを研究しているのか」という質問は、僕にとってはなぜ箸を使うのか、と聞かれているのと同じ感覚です。というのも、僕は2歳の頃からすでにドラえもんをつくりたかったんですね。ご飯を食べたい、と考えるのと同じように、寝ても覚めても「ドラえもんをつくりたい! ドラえもんをつくりたい!」と思って生きてきたんです。ご飯を食べたいから箸を使うのと同じように、ドラえもんをつくる手段として必要だからAIを使って研究をしています。

 もう少し細かく話をすると、その過程にはいろいろありました。僕、小学校4年生のときにロボットセミナーに通い始めて、ロボットを作るのが得意な子どもだったんです。ただ、僕が作っていたのは操縦型のロボットで、操作するのは下手すぎたんです(苦笑)。人間が操作するから駄目なんだと思って、小学校5年生からは電子工作にのめり込み、自動でロボットを動かすようになりました。でも、これはまだ自動じゃないな、と思って、工業高校でプログラミングを勉強したときに、人工知能の存在を知りました。そこからAIの道に進んだのですが、ドラえもんをつくるためには、AIだけでなく知能全般を理解しなければいけないと考えて、神経科学や認知科学、心理学なども勉強しました。

小学4年生からロボット教室に通い始めた大澤氏。ドラえもんをつくりたいと思ったのは2歳のときだったという(写真提供=大澤氏)
小学4年生からロボット教室に通い始めた大澤氏。ドラえもんをつくりたいと思ったのは2歳のときだったという(写真提供=大澤氏)

 でも、「僕の夢はドラえもんをつくることなんだ」と人前でちゃんと言えるようになったのは、大学4年生でコミュニティーをつくってからです。それまでは、どれだけ本気で言ってもみんなに理解してもらえないし、周囲の大人に「ハハッ、頑張ってね」みたいな薄い反応をされるのがショックすぎて言えませんでした。

窪田望氏(以下、窪田):僕はニューヨーク生まれで、米国の人種差別を目の当たりにして育ちました。中学校1年生のときに帰国して、ようやく日本人として過ごせるぞと思ったら、今度は帰国子女として扱われたんですね。常に自分が周りとは違う属性にいる、という感覚がありました。父親の転勤が多かったので、学校の環境もコロコロ変わり、家に引きこもったこともあります。

 そんなときに父がPCを買ってくれたんですね。そのPCを使って、自分でサイトを作り発信したら、年齢も国籍も性別も関係なく、いろんな人が話しかけてきてくれた。それまでは自分にとって学校の教室という狭い世界がすべてだったけれど、世界はもっと広くて、多様で、面白いんだなと知りました。インターネットに僕は救われたんです。本格的にプログラミングを勉強し、大学4年生のときにクリエイターズネクストを起業しました。

窪田氏はニューヨークで育ち、父親の仕事の都合で転校を繰り返した。教室の世界がすべてだったが、インターネットが世界を広げてくれた(写真提供=クリエイターズネクスト)
窪田氏はニューヨークで育ち、父親の仕事の都合で転校を繰り返した。教室の世界がすべてだったが、インターネットが世界を広げてくれた(写真提供=クリエイターズネクスト)

ウェブ制作の事業からスタートしました。AI事業を手がけるようになったきっかけは何だったのでしょうか。

窪田:ウェブの世界に恩返しをしたいという気持ちもあり、AIを活用することでもっと面白いこと、便利なことができるんじゃないかと思ったのがきっかけです。ウェブサイトには大量のデータが集積されていて、そこにデータとして人の悩みや興味、つまり人生が詰まっています。

 僕、2000年になったらドラえもんの世界が来ると思っていたんです。でも、全然来なかった。21世紀になったけれど何も変わらないと、僕はあのとき絶望したんですね。でも、それって誰かが作ってくれる前提で、勝手に未来に期待して、勝手に絶望していただけなんです。AI研究を始めて、自分が作る側に回ったときに、世界がものすごく面白く見えてきて、わくわくしたのを覚えています。

大澤:開発する立場に立ったときのわくわく感は、大事だなと思っています。15年にAI研究者が1000人くらい集まる人工知能学会に参加しました。女性棋士と囲碁AIの公開対局を実施したところ、AIが惨敗しました。そのときはみんな「囲碁でAIが人間に勝てるには、あと10年はかかるでしょうね」なんて言っていた。でも、その年のうちに、欧州チャンピオンに勝ったんです。専門家がこれだけ集まっても、予想は全然当たらないんです。これは何だろうな、と。

 僕はいつも「研究者に未来の予測は聞かないほうがいいですよ」とアドバイスするんです。

なぜでしょうか。

大澤:AIの未来は、一般的には「収穫加速の法則」、つまり技術は直線ではなく指数関数的に上がっていくといわれています。僕らの直感を超えるスピードで進んでいくものを正確に捉えられるかどうかとなったときに、自分が携わっていることは予想できる。でも、その研究全体や社会の方向性については予測できないな、と気づいたんです。つまり、自分が関わっていない囲碁AIの技術がどうなるか、僕は答えられません。

 一方、ドラえもんの研究がいつまでにどれくらいできるかは答えることができます。そこには「意地でもやってやる」という感情があるから。その感情に基づいた未来予測くらいしか信じられるものはない、と思っています。未来のことを一生懸命考えて、本気で向き合っている自信があるので、未来の話に嘘をつきたくないんですよね。

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