なぜ農家は搾取構造になってしまったのか

腰までつかりながらレンコンを収穫する野口氏
腰までつかりながらレンコンを収穫する野口氏

本書の中では、農業が搾取構造になっている点に切り込んでいます。そうした状況を招いた理由は何でしょうか。

野口氏:農業は人々の生活を支えています。従って、そもそも価格を過剰に上げてしまうことへの懸念は他の商品よりも大きかったという理由が挙げられます。また、農作物は嗜好品と比較して、価格を一律にしようとする動きが強く働きます。このような古くから続く野菜への価値観によって、搾取されるシステムが残ってしまったという状況です。

そういった状況を改善するタイミングというのはなかったのでしょうか。

野口氏:それを説明するには第2次世界大戦直後に遡る必要があります。

 戦後の混乱期では、あらゆる人々が困窮しており、当然農家も例外ではありませんでした。コストを抑えながらも食物をより多くの国民に届けるために、味よりも生産性を高める方向へとシフトしました。つまり、DDT(dichlorodiphenyltrichloroethane:ジクロロジフェニルトリクロロエタンの略。有機塩素系殺虫剤)やBHC(benzene hexachloride:ベンゼンヘキサクロリド。有機塩素系殺虫剤)などの農薬や化学肥料を大量に使用するようになったのです。

 また、戦前小作農だった農家は、その半分近くの生産物を土地代として地主に納めていました。1961年の農業基本法制定とそれに基づく基本法農政により、都市部と農家との収入格差はだんだんと縮小していきましたが、農家にとってはいいことばかりではありませんでした。

農薬問題ですか。

野口氏:食べられるものがほとんどない時代には、食物の安全性になど構っていられませんでした。しかし、ある程度安定供給されるようになったことで、農薬や化学肥料の利用が増加、過剰生産と環境負荷などに意識が向けられるようになりました。

 レイチェル・カーソンの『沈黙の春』(1974年に邦訳版が発売)や、『複合汚染』(1975年刊。有吉佐和子著)など農薬による環境汚染が認知されるようになり、オルタナティブ農業と呼ばれる生態系の営みに配慮した有機農業や自然農法の実践が行われるようになりました。都市部の人々も、多少価格が高くても、そうした農法で作られた農作物を買いたいと考えるようになった。このような潮流はあまり長くは続きませんでしたが、搾取構造が変わるとしたらそのタイミングだったのではないかと思っています。

なぜ、長くは続かなかったのでしょうか?

野口氏:農薬を使わないことから発生する大変な草抜きの手間を都市部の消費者が手伝う流れ(援農)や、消費者の全量買い取り(提携)が提案されました。無農薬・無化学肥料というのは、当時は目新しく作り手も購入者側もある種の高揚感や満足感に満たされていたのです。ですが、ほどなくしてそうした野菜が当たり前になってくると、無農薬というだけでは満足できなくなってくる。次に気になってくることは何だと思いますか。

価格……。いや、味ですね。

野口氏:そうです、おいしさなんです。嗜好品としての側面も併せ持ち、有機農法であったとしてもおいしくあってほしいというニーズが生まれてきてしまったのです。それ自体は、人間の欲求ですから当たり前のことだと思います。ですが、特に草創期の有機農法で作られた野菜というのは、農薬による害虫や雑草を取り除くことが難しく、おいしさよりも、まずはしっかりと実をつけることに重点を置いていました。結果的に、「おいしさが担保された農作物」と「無農薬だがコストが高く味が劣る農作物」という形で比較されるようになってしまった。

 いくら健康に配慮され社会的意義があったとしても、食べ物である以上、おいしくあってほしいと考える。対する農家は、有機農法という大変さに味という新たな「足枷(あしかせ)」までつけられてしまった。

 結果的に、特にラジカルに有機農業に取り組む農家は、二重苦、三重苦を抱えながら有機農法を続けるというスパイラルに陥ってしまいました。バブル期で金銭的に余裕があった時代にもその傾向に変化は生まれなかった。そうした過去から、農作物は安くておいしくあるべきだという価値観が定着し、そのことが農業界に負のスパイラルを生んでしまっていると私は見ています。

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