農家でなくても、日本の食料自給率の低さや、産業の将来性についての課題を感じる人は多い。だが、そこに抜本的な解決策まで見いだせている人は少ないのではないだろうか。なぜ日本の農業は搾取型ビジネスとなってしまったのか。

 センセーショナルなタイトル『「やりがい搾取」の農業論』を出版した野口憲一氏。同氏は、レンコン農家でありながら民俗学者の論客だ。前著『1本5000円のレンコンがバカ売れする理由』では、現代農家の大変革と商業としてのさらなる可能性についてポジティブに書いており、『「やりがい搾取」の農業論』では、大多数の農家が抱える負のスパイラルについて言及している。世間の理想とかけ離れた現実について、野口氏に多様な話を伺った。

植物工場が簡単に成功できない訳

脱サラした農家の成功事例や植物工場の新規参入など、従来農業からの脱却とその可能性については多くのメディアで取り上げられています。  まず、最初にお伺いしたいのが、新たな21世紀型農業としての植物工場。非常に多くの資金が集まっており、植物工場に可能性を感じる人は多い。しかし、本書では、大きな成功事例はほとんどないと書かれています。その理由について伺えますでしょうか。

野口憲一氏(以下、野口氏):植物工場では、LED(発光ダイオード)ライトで発育が管理され、温度や湿度も一定に保たれているので、完全オートメーションで常に高品質な野菜が出来上がる。そんな工業的なイメージを持つ人も多いでしょう。ですが、現実は異なります。植物工場という名前であっても、工場の中は「畑」で、結局は農業なんです。

 『「やりがい搾取」の農業論』では、植物工場でカイワレ大根やスプラウトなどを生産する三和農林(埼玉県蓮田市)の方に話を聞きました。そこでは、種一つとっても、種が育った国や産地により癖がある。毎回同じような形で発育させようとしても、種の特性がそれぞれ違うわけですから、均一な商品をつくることは難しいというお話がありました。工業製品のように規格を統一し品質も維持しながら大量生産するということは不可能。環境を上手に操作して完全に植物の生育をコントロールできるという考え方自体がナンセンスなんです。

ハード面だけ見て資金が集まり新規参入もあるけれど、ソフト面の議論がおろそかになっていると。

野口氏:植物工場には、作物への愛など存在していないのではないかと、私自身調査に行く前は思っていました。ですが、種の発育管理をどれだけAI(人工知能)に学習させたとしても、発育時の成功や失敗の要因は日々変化します。日々の創意工夫や愛情が伴わなければ、新規参入したところでうまくはいきません。

 三和農林で伺った話ですが、「カイワレは昼間に咲いて、夜閉じる。太陽が上がってくる瞬間に工場に入ると、工場内でカイワレの双葉が剥がれる音が聞こえてくる。耳を澄ませるとパッパッという音が聞こえてくる」と言っていました。植物に対する深い愛情を感じます。このような愛情や経験といったソフト面が担保されてはじめて植物工場の事業が成功する。逆に、売り上げばかり考えている事業者は、そういった視点が足りずに失敗してしまうんです。

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