日経ビジネスが報じたあまたの企業。より大きく多角化経営を行い世界的企業となる場合もあれば、ビジネスを縮小する企業もある。多くの場合、屋号は同一でもビジネスは時代に応じて変化する。
だが、20年もの間、同一製品を販売し続ける会社もある。そんな、「変えない戦略」で成功した企業として紹介したいのが、「魔法のフライパン」を開発した錦見(にしきみ)鋳造(三重県木曽岬町)だ。
実は、この企業を日経ビジネスで紹介するのははじめてではない。約20年前にも「過去に学ぶ 今も納品2年半待ち“魔法のフライパン”誕生の軌跡」として取材している。
今回は、ヒット商品を作り出すだけでなく、20年間その人気を維持するコツ、下請け体質から脱却するために必要な知見について、同社代表取締役の錦見泰郎氏に話を伺った。
自社開発技術が下請け体質脱却の糸口へ
錦見鋳造の「魔法のフライパン」は発売20年が経過した現在でも、納品2年半待ちの人気商品です。まずは、本製品の開発秘話について改めて教えていただけますか。
錦見泰郎氏(以下錦見氏):製品開発のきっかけを率直に申し上げるなら、バブル崩壊後に起きた「下請けいじめ」からの脱却です。下請けは安定して仕事が受けられるように見えるかもしれませんが、実際には元請け企業の景気動向に左右される側面も多いビジネス。しかも、魔法のフライパン開発に着手した90年代は、バブルが崩壊し、ものを作っても売れない時代です。当然、しわ寄せは下請け圧力へとつながっていきました。また、多くの工場が海外に移転したことからも分かるとおり、コストカットを図る動きが顕著だった時代でもあります。

弊社の強みは、金属の厚みを薄くしながらも性能や強度を維持した鋳造です。ところが、取引現場では重さに対して価格が決まる「キロあたり単価」が採用されています。自社開発の技術で鉄を薄くすればするほど重量が軽くなり、取引価格も下がっていく。元請け企業の担当者には「来月から取引価格を3割下げますので、なんとか頑張ってください」と言われてしまう状況でした。
このままではだめだ。なんとかこの状況から脱却したい。
そんな危機感のもと、脱却の糸口を探り始めました。考え方の軸としたのは、強度を保ったまま金属を薄く加工する鋳造技術。弊社の強みである技術をなんとか商品に生かすことはできないか。こうして、商品開発が始まりました。
実際に開発された「魔法のフライパン」の強みについて教えてください。
錦見氏:「魔法のフライパン」に使われている鉄鋳物は、他のステンレス製や鉄製のフライパンに比べて、熱伝導率が非常に高いことが大きな特長となっています。満遍なく広範な熱伝導が可能で、熱し始めてから約30秒でフライパン全体に熱を伝えることができます。

ですが、鉄鋳物のネックとして重さがあります。仮に高い熱伝導率でおいしい料理が作れたとしても、重くて使い勝手の悪い調理器具は選ばれません。そこで、弊社の独自技術によりフライパンの厚みを通常の3分の1、わずか1.5ミリにすることに成功。使いやすさと熱伝導を両立できるフライパンを生み出すことができたのです。
魔法のフライパンという名称はその技術にちなんでつけられたのですか。
錦見氏:実は、当初「魔法のフライパン」は、南部鉄器になぞらえて、「尾張鉄器」という製品名で販売していましたが、なかなか定着せず困っていました。そんな中、地元のテレビ番組で商品を取り上げていただく機会があり、局の方が「魔法みたいですね」とお褒めくださったんです。少し気恥ずかしさもありましたが、それなら「魔法」という言葉を使ってみようと考え、「魔法のフライパン」という商品名に変更させていただきました。
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