真面目な広告戦略に基づいた、不真面目な看板広告

 同業医師からは不真面目な広告はどうかと思うという苦言もあった。それだけでなく「見たくないといったクレームや、看板を外してくれといった電話もあった」と反省を語る。

 当初は口内を掲載した(ちょっとグロテスクな)広告だったからだ。苦情が寄せられたこともあり、写真は院長の顔に差し替えた。ただ単に顔を出すだけでなく、ピンクやイエローなど他の広告に埋もれないデザインにしていったという。

 街中に大きな顔を出すということで、何度もそれを見ることにより警戒感が薄れ、サービスへの興味や人物への信頼感が生まれる。これは米国の心理学者のロバート・ザイアンスが論文にまとめた「単純接触効果」を地で行く戦略だ。

 実際にかけている予算については「(年間で)フェラーリの新車5台分かな(想定するに1億5000万~2億5000万円)」と言葉を濁したが、それだけかけてきた宣伝費に対して効果はしっかり出ていると語る。実際、新型コロナウイルス禍であったとしても年間にインプラントを3000本埋めている医院は聞かない。桁外れの本数だ。インプラントという費用の高い治療への誘導を、看板で実現しているという点は類を見ない。

 ただ、看板数については着々と増えている中で、現状以上の急激な拡大は望まないという。「その理由は2つある。西八王子駅前というローカルな街で、しかも実質1店舗の診療所でやっている。これはオーナー院長がいないと、技術を担保ができないという理由がある。インプラントは各個人、設計が大きく異なるために、歯科医師の技量の差が激しく、多店舗展開に向かない。また多店舗展開することにより、今回のコロナのような事態が起こると、労働集約型の悪い面が出て経営危機を招く」と1つ目の理由を説明する。

 「2つ目は、歯に関心を持つ人口が年々増えていることにより、欠損歯が全国的に急激に減少している。つまり高齢者でもしっかりした歯を維持している。いわゆるデンタルIQと呼ばれるもので、70歳を過ぎた高齢者でも、しっかりした自分の歯を維持されている人が急激に増えた。20年前は先進国の中では、一番と言っていいほど歯科の関心が低かった日本だが、ここ10年で高齢者がその方向にシフトしており、インプラントに参入する医院との患者の奪い合いが起きつつある」

 看板を掲示することにより、西八王子という地域でありながら高い症例数を維持できている。逆に看板掲載がなければ、急激に減らしていた可能性もあるということだ。そんな街中の顔になることで、意外な効果もあったという。いきなり電話がかかってきて、「うちの庭に広告掲載しないか、きぬた先生の顔があれば防犯になるし」という連絡が来ることもある。もはや「街の顔」になってきたきぬた院長は経営者に対してこう提言する。

 「経営者はちゃんとマーケティングをしているのかと常々感じることがある。同じく看板広告をやれとは言わないが、代理店の言いなりではダメ。それは思考停止しているだけだ。今までと同じことしかできないのであれば、いつかは苦境に陥っていく。看板だけだと思われているが、ネット広告、SNS(交流サイト)、スポーツイベントのスポンサー、テレビCM(電波)など日々研究と実践は怠ってはいけない」

 街道の看板広告をジャックし続けるきぬた氏。目立ちすぎる笑顔の裏側には、歯科界のファーストペンギンとしての戦略があった。

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