リアル多様性と偽物との違い
30代になった手塚氏は、外に目を向け始める。
「これまでビジネスに集中しすぎて、自分の中に文化や芸術が根付いていないことに気付いたのです。その遅れを取り戻すため、芸術に触れ、本を読み、海外を訪れました。売り上げや利益といった資本主義的なものから少し離れたところの価値観にたくさん触れるようになりました」
世界各国を訪ね、いくつもの歓楽街を見て回って感じたのは、歌舞伎町のユニークさだった。「日本で流行しているものの大半は、どこかの国のまねごとだと気付いた。渋谷や六本木と同じような街は世界にもあったが、歌舞伎町と同じ街は他にはなかった」と手塚氏は話す。
とはいえ、若い頃の手塚氏は、歌舞伎町については、そこまでの深い思い入れはなかった。歌舞伎町を好きになったのは、「35歳を過ぎてから」だと言う。歌舞伎町商店街振興組合の常任理事を務め、地域のお祭りやイベントに参加する中で、「歌舞伎町らしくないこと」をしようと考えていた時期もある。だが今は、歌舞伎町らしさを大事にしながら、街にしっかり企業としての文化を根差していきたいと考えている。
手塚氏が言う「歌舞伎町らしさ」とは何なのか。
例えば、現在は休業中だが、17年にSmappa!Groupがオープンした歌舞伎町ブックセンターは、歌舞伎町の一角で本を読みながらお酒を飲める場所だ。オープンなつくりの路面店で、訪問客の7割程度は書店と知らずに訪れていた。
「いわゆる本屋らしくない本屋で、通りすがりの外国人がフラっと入ってきて酒を飲んだり、ホストがアフターに使ったり、そこにはすごくリアルな多様性が生まれていたんです。たまたまそこで手に取った本との出合いや、知り合った人との出会いがある。自分自身が求めて出合えるものより、たまたま出合えたもののほうが面白いじゃないですか。自分が見ている景色なんてわずかですから、出合おうとしてどこかに飛び込んだところで、その時点で出会える人には限りがあります」
23年4月には歌舞伎町に大手企業による商業タワーのオープンが予定されているが、手塚氏は「そこには多様性は生まれない」と苦言を呈す。
「肩書や性別、国籍など関係なく、いろんな人が好き勝手にいろんな商売をする。そこに個性があるから、歌舞伎町にはリアルな多様性が生まれるわけですよね。大企業がテナントを選別してつくるのは、偽物の多様性ですよ。そこに人が集まってしまうことも悲しいですね」
人々にとっての「居場所」や「帰れる場所」になる
組織におけるダイバーシティの重要性が高まる中、「もともと多様性が根付いている歌舞伎町は、これから評価されるようになるはず。なぜ歌舞伎町にダイバーシティが生まれているのか。そこを理解することが、会社や社会の多様性のヒントになると思います」と手塚氏は話す。
例えば、ホストを「普通の社会ではないところに生きている人たち」と言う人がいる。
「一般企業に勤める人にとっては、その人が生きている社会が当たり前の社会だと思い込んでいるのかもしれない。でもそれは、『あなたが見ている社会』でしかない。その社会も、歌舞伎町も、同じ社会ですよ。自分とは違うと線引きする人に多様性はつくれません。
女性を何人増やす、障害者を何人雇用する……企業が上から目線で選別していては、真のダイバーシティは生まれないと思います」
もう1つ、歌舞伎町の魅力として、「居場所」としての役割を手塚氏は指摘する。
「35歳を過ぎて考えるようになったことですが、自己のアイデンティティーを形成する上で、地元愛は重要だと思います。国家まで大きくない、もう少し身近なもの。この街で働いて、地元の人と触れ合って、『自分の居場所はここなんだ』と思える場所。そこで暮らしていない人にとっては、帰れる場所でもいい。人にはそういう存在が大事なのだと思います」
人々の居場所となれる街があって、そこに企業が根付いていく。
「Smappa!Groupのように、20年歌舞伎町に根をおろし、文化を形成してきた企業はそう多くはありません。今後は歌舞伎町に寄り添って“らしさ”を抽出したり、街の良さを生かしたりしながらビジネスを展開していきたい。それも、経営者の私だけがやるのではなく、従業員、地域住民、さまざまところから自発的な事業が生まれていくのが理想。Smappa!Groupを今後、そんな広がりのある会社にしていきたい」
新型コロナウイルス禍を経て、再び賑わいを取り戻した新宿・歌舞伎町。この街で、手塚氏はこれからもビジネスを続けていく。
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