多くの企業が重点課題として取り組んでいる、ダイバーシティ&インクルージョン。さまざまな視点や価値観を持つ人材が集まることで、イノベーションを起こすことが狙いだ。特別な推進をせずとも、そんなダイバーシティをもともと実現しているのが、新宿・歌舞伎町。日本最大の歓楽街には、国籍、年齢、性別を問わず、多様な人たちが集まる。
Smappa!Groupは歌舞伎町で20年以上、ホストクラブ運営をはじめとするビジネスを続けている。前編「歌舞伎町ホストクラブが介護事業 意外な共通点とコロナ禍の決断」では、介護事業に進出するなど、コアサービスの横展開について、会長の手塚マキ氏に狙いを聞いた。後編では、ナンバーワンホストの経験を持つ手塚氏の半生と、歌舞伎町に対する思いを掘り下げる。

手塚マキ氏、45歳。新宿・歌舞伎町で20年間、ホストクラブを運営している、Smappa!Groupの会長だ。
「年齢やステージによって歌舞伎町への思いは変化している」と語る手塚氏が、初めて歌舞伎町に足を踏み入れたのは1996年、19歳のときだった。
「どうせホストでしょ」と言われ続けた
手塚氏は77年、埼玉県に生まれる。県立川越高校に進学し、ラグビーに明け暮れた。しかし、才能と資質の限界を感じ、ラグビーから離れることを決意。96年、大学1年生のときに燃え尽き症候群に陥った手塚氏は、ふらりと歌舞伎町を訪れ、ホストを始める。
初めは学生時代の軽いアルバイトのつもりだった。ラグビーに没頭した高校時代は、恋愛をする時間もなかったため、「ホストになったらモテそう」と考えたのだ。
ところが、手塚氏は次第にホストの仕事の奥深さにとりつかれていく。大学を中退し、ホストに専念。そこから数年でナンバーワンホストにまで上り詰めた。
「ホストは最初に携わった仕事なので、そこには僕のアイデンティティーが根付いている」と言う。

ナンバーワンホストの座を2年ほど守り続けた後、2003年、26歳でホストクラブ「Smappa!」をオープンし、経営者となった。このときから、手塚氏は「ホストを誇れる仕事にしたい」と強く思ってきた。
「ホストの中には、社会のルールを破ったり、罪を犯したりする人がいるのも事実。しかし、Smappa!Groupは、社会の秩序を守り、生きていく。そのために、知識と教養を身に付けてほしい。一生身を立てる能力を身に付ける努力をしてほしいとスタッフには伝えている。ホストの仕事を通して能力を身に付ければ、例えばセールスの仕事もできるはず。『あなたから買いたい』と言ってもらえる営業になれば、車も不動産も、きっと売れる」と手塚氏は話す。
同社の経営理念の中には、「教養の強要」という言葉がある。
「教養とは、感情の幅を広げるということ。人がうれしいときに一緒に喜べたり、悲しいときに一緒に悲しめたりする。人がどんな気持ちなのかを想像する力を身に付けることが教養ではないかと僕は考えています。それは、努力によって習得するもの。だからあえて強要という言葉を使っています」(手塚氏)
すべての顧客に同じサービスを提供するのではなく、一人ひとりのバックグラウンドや性格を理解し、個別のサービスを提供する。その「プロフェッショナルサービス」が、創業以来、Smappa!Groupが大事にしてきた根幹だ。
20代は、ビジネスが楽しかった。「仮説通り、ホストクラブ以外でも通用することを証明したい」と考え、まずはバーの経営を始めた。そこから、飲食店や美容サロンなど、次々に新業態へと進出していく。
一方で、手塚氏が事業の多角化を進めたのは、同世代の社会起業家が台頭してきた時代でもある。歌舞伎町に根を下ろしてビジネスをする社会的責任を考えるようになり、ホスト仲間たちとボランティア団体「夜鳥の界」を結成。営業終了後に、歌舞伎町のゴミ拾いを始めた。この活動は、今も続けている。

18年には「新宿デイサービス」を立ち上げ、介護業界にも進出する。「今でこそ減ってきたけれど、以前は何をやっても『どうせホストでしょ』と言われていた。それを逆手にとって、最も遠い介護事業もやれるんだと伝えたい、という思いもありましたね。かなり時間がかかりましたが、ようやく認めてもらえるようになりました」
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