部下にどんな言葉をかければいいか悩んでしまう、上司の言っていることの真意が分からない。同じ日本語を話しているはずなのに、なぜ、伝わらないのか。そんな世代間ギャップに注目し、コミュニケーションのノウハウや言葉の使い方を分かりやすく物語形式で解説したひきたよしあきさんの著書『人を追いつめる話し方 心をラクにする話し方』(日経BP)は発売後約2週間で増刷が決定! 今回は同書から「部下を疑心暗鬼にさせる言葉」を紹介します。
登場人物
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北風上司(左)
総合イベント会社ホワイトベア営業一課課長。1977年生まれ、45歳。入社当時から営業一筋。売り上げ目標、ノルマに厳しく、それを達成するには手段を選ばないところがある。若いころから日の当たる道を歩んできたせいか、「人の気持ちが分からない」とささやかれている。

桜川春一(右)
入社8年目。残業後、たまたま北風上司と一緒になる。

 夜9時。残業を終えて地下鉄のホームへ。大きなプレゼンの準備が始まると、あれこれやることがあって遅くなる。まだ夕食は食べていない。コンビニで何か買って帰ろう。そんなことを考えていたら、エスカレーターから見たことのある顔が降りてきた。背が高いので、目立つ。「北風上司だ」とすぐに分かった。

 「よぉ、桜川、遅いな」と、いつになく上機嫌。北風上司は、「リモートなんかで、営業できるか!」という、バリバリの「むかし営業」。みんなが会社に来るのがうれしくて仕方ないのだろう。

 「遅いですね」と言うと、「遅い? まだ9 時だよ。俺がおまえくらいの頃は、これからひと仕事だったよ。まあ、時代が違うからなあ。こういうこと言うなって、会社には言われるんだけどね」

 冗舌だ。「北風上司、なんか元気ですね」と顔を見た。

 「この忙しいのに、明日出張だよ。俺は『リモートでいい』って言ったんだけど、先方が『どうしても顔を出せ』と言うもんで、仕方なくだよ。あの会社も古いよなあ」と言い、ひとくさり得意先の悪口。この人は、憎まれ口しか叩けない。その話のなかで、得意先を担当している竹中リーダーが出張に同行することが分かった。

 「竹中さん、得意先から信頼されていますよね。みんな、そう言っています」と僕は言った。すると、北風上司は、「竹中、あいつといても楽しくないんだよな」と、聞こえるかどうかの声でつぶやいた。

 僕は、即座にがっかりした。こんな言葉を聞けば、誰だって、「自分も陰ではこんなふうに言われているんだ」と考えるに決まっている。僕だってそうだ。この間赤字を出したことも、裏で何を言われているか分からない。不幸にも、同じ方向の電車に乗らなくちゃいけない。無駄なことを言うのはやめよう。黙っておこう……。

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