部下にどんな言葉をかければいいか悩んでしまう、上司の言っていることの真意が分からない。同じ日本語を話しているはずなのに、なぜ、伝わらないのか。そんな世代間ギャップに注目し、コミュニケーションのノウハウや言葉の使い方を分かりやすく物語形式で解説したひきたよしあきさんの著書『人を追いつめる話し方 心をラクにする話し方』(日経BP)は発売後約2週間で増刷が決定! 今回は同書から、「部下の心を一瞬で冷めさせる言葉」を紹介します。
登場人物
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柏倉実咲(右)
入社5年目。数字に強く、北風上司に信頼されている。

北風上司(左)
総合イベント会社ホワイトベア営業一課課長。1977年生まれ、45歳。入社当時から営業一筋。売り上げ目標、ノルマに厳しく、それを達成するには手段を選ばないところがある。若いころから日の当たる道を歩んできたせいか、「人の気持ちが分からない」とささやかれている。

 北風上司には、隠れたあだ名がある。「そろばん」。小学校のかなり早い段階で習い始め、中学のときに全国大会で入賞したこともあるらしい。抜群に、数字に強い。なかでも暗算が得意で、エクセルに打ち込むよりも早く、答えを出してしまう。

 「おい、前田、この弁当代高くねぇか。人数で割ったら、ひとり1580円になるぞ」と細かいところにすぐ気づく。指摘されたところには必ずと言っていいほど、入力ミスがある。

 「おまえは、足し算もできないのか!」という声を、スタッフは耳にタコができるほど聞いている。こういう上司、戦うのに不足はない。実は、私もずっとそろばんをやっていた。おかげで数学が得意で、大学は理数系。しかも珠算部に入って鍛えてきた。北風上司よりも腕が上だと思う。その証拠に、私が提出した見積書を北風上司がとがめたことはない。お弁当代でもめるなんてもってのほかだ。

 多分、信頼してくれているんだと思う。最近は周囲の人がつくった見積書の検算を、私にやらせようとする。そればかりか、彼自身が数字を叩く書類をつくるときには、必ず呼ばれるようになっている。数字だけじゃない。「もっと安くする工夫はできないか」「この項目はいらないんじゃないか」と相談もしてくる。

 みんなは北風上司を煙たがるけれど、私は嫌いじゃない。確かに口は悪いし、絶対に褒めないけれど、それはもう性格だから仕方ないと割り切っている。それよりも、数字を上げることが大事だと思うし、学ぶことが多い。

 そのときも、かなり複雑な数字を扱う仕事が入った。「よし、ひと肌脱いでやろうじゃないの!」と意気込んで、自宅でパソコンにかじりついた。久しぶりに徹夜に近い状態。疲れたけれど、「仕事をやった!」という達成感にあふれていた。

 翌日は出社日だったので、意気揚々と北風上司を訪ねる。北風上司は、大きな背中を前に倒して、ヤギが紙を食べるみたいな勢いで私の見積書をめくった。最後まで行き着くと、深いため息の後、こう言った。

 「柏倉、おまえ。男の山田よりずっと頼りになるなあ。見事だ」

 なんで、山田くん?男だから、頼りになるの? 私ってその程度の認められ方だったの?やる気がうせて、徹夜の疲れが、霜のように体におりてきた。

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