この俺としたことが、どうしたものか。いつものように気力が出ない。仕事にトラブルがあるわけでも、体が悪いわけでもない。問題の部下も、それなりに仕事を任せられるようになってきた。それなのに、モチベーションが上がらない。昔読んだ太宰治の小説に『トカトントン』というものがあった。一生懸命、仕事も恋愛もしているんだけれど、突然頭の中に「トカトントン」という音が鳴り響く。すると、やる気が突然うせ、何もかもがバカバカしくなってしまう。今の自分は、そんな感じだ。仕事を「やらなくちゃ」という思いと、「やりたくない」という気持ちがぶつかって、体が動かない。
今日は、途中で会社を抜け出して心療内科に行こうと思う。うちの会社の人もけっこう、お世話になっていると聞いている。でも、誰かに会うのは嫌だな。
エレベーターを降りて、ロビーに行く。ちょうどそこで、外出から戻ってきた太陽上司が見えた。「どこに行っていたんですか?」と尋ねると、
「ああ、サボってた。ほら、駅前に『シラタエ』ってカフェあるだろ。あそこのシュークリーム、小ぶりでうまいんだよ」
「就業時間中ですよ」
「何を言うか。休むのは労働者の権利だよ」と冗談口調で、太陽上司は言う。心療内科の前に、太陽上司と話したくなった。
「だったら、もう一度『シラタエ』に行こう。君にぜひ食べさせてやりたい」と太陽上司が言うもので、あとをついていく。彼にとっては今日2回目の「シラタエ」。よほど好きなんだろうな。
「鈴木くん、ちょっと尋ねたいが、サボる、怠ける、ズル休みをするって、そんなにいけないものだろうか。それって『悪』なんだろうか。僕はそうは思えないんだよ。『怠ける』のはよいことだと思ってるんだ。君はここまで、休むことを軽視し、罪悪感すら持ってやってきた。君のように真面目な人によくある傾向だ。でも、そうやって仕事ばかりやってきたおかげで、生活を怠ける結果になってないか。
家族や友人と連絡取ってるか? 部屋を掃除してるか? 役所や銀行に行く用事ない? 見たい映画、見てる? 心はね、会社の仕事も部屋の掃除も区別しないんだよ。仕事ばかりやって他を放っておくと、心は『おいおい、仕事ばかりしてるなよ。生活しろよ! 生きろよ!』と言ってくる。
会社を休んで、一つひとつクリアにしてごらん。多分、気分は変わるよ。怠け心は、生きるための信号だ。直近で入っているアポイントメント? 変更してもらえばいいじゃないか。怠け心を軽視するな」と言って、照れくさそうに今日ふたつ目のシュークリームを平らげた。
Powered by リゾーム?