鼠径(そけい)ヘルニア、通称「脱腸」の手術で入院したのは、月が替わってすぐのことだった。手術そのものは簡単に終わったけれど、術後2日ほどは痛みがひどくて寝たきり。独り身で実家も遠方なので、下着の替えとかちょっとした飲み物とかが手に入らない。病院の1階まで行けばコンビニがあるのに、そこまでが遠い。喉が渇いたなあ。痛みよりも、寂しさが身に染みた。
「会社でけっこうがんばっているけれど、ひと皮むけば、僕の周りには誰もいないんだ。孤独だよなあ」と、感傷的な気分になっていた。
面会時間が来る。4人部屋は他の患者のパートナーや家族でいっぱいになった。つらくなってイヤホンで音楽を聞く。特に聞きたい音楽もないが、そうするしかなかった。少し、うとうとしただろうか。肩に、誰かが触ったような気配がした。
「よう、小林!」
ウソだろ、太陽上司だ。まだ、業務時間中じゃないのか。びっくりしていると、いきなりこう言った。
「何か、困っていないか?」
僕は、正直に言った。水のペットボトルを下のコンビニまで買いに行きたいのに、行けなくて困っていると。すると太陽上司は、「そうか」と一言残して、病室から出ていった。しばらくすると、太陽上司は白いコンビニの袋をふたつ、抱えて戻ってきた。
「あいよ! 大きいボトルと小さいのも、いろいろ買っておいた」と言って、小さなボトル2本を机に置き、あとはベッド脇の台の中に入れてくれた。
「ありがとうございます。お忙しいのにすみません」と言うと、「顔が見られてよかった。小林くんのところに来ている郵便物は、花田さんが持っている。他のものも彼女が管理してくれている。だから何も心配はいらないよ」と業務連絡。
ほんの短い滞在時間で帰っていった。僕は机に残されたペットボトルを見た。「ああ、このボトルが、太陽上司なんだ」と、変な感慨が胸に湧き立つのを感じていた。
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