部下にどんな言葉をかければいいか悩んでしまう、上司の言っていることの真意が分からない。同じ日本語を話しているはずなのに、なぜ、伝わらないのか。そんな世代間ギャップに注目し、コミュニケーションのノウハウや言葉の使い方を分かりやすく物語形式で解説したひきたよしあきさんの著書『人を追いつめる話し方 心をラクにする話し方』(日経BP)は発売後約2週間で増刷が決定! 今回は同書から、「病気で弱っている部下を本当に思いやる言葉」を紹介します。
登場人物
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太陽上司(左)
総合イベント会社ホワイトベア制作一課課長。1977年生まれ、45歳。41歳の前厄で腎臓がんを患い、1年間休職。復帰後は、人材育成と新規事業に力を入れている。「彼と話すとなぜか仕事が楽しくなる」「やる気が湧く」と、他部署からも多くの相談が集まる。

小林慎司(右)
入社4年目。鼠径(そけい)ヘルニアで入院中。

 鼠径(そけい)ヘルニア、通称「脱腸」の手術で入院したのは、月が替わってすぐのことだった。手術そのものは簡単に終わったけれど、術後2日ほどは痛みがひどくて寝たきり。独り身で実家も遠方なので、下着の替えとかちょっとした飲み物とかが手に入らない。病院の1階まで行けばコンビニがあるのに、そこまでが遠い。喉が渇いたなあ。痛みよりも、寂しさが身に染みた。

 「会社でけっこうがんばっているけれど、ひと皮むけば、僕の周りには誰もいないんだ。孤独だよなあ」と、感傷的な気分になっていた。

 面会時間が来る。4人部屋は他の患者のパートナーや家族でいっぱいになった。つらくなってイヤホンで音楽を聞く。特に聞きたい音楽もないが、そうするしかなかった。少し、うとうとしただろうか。肩に、誰かが触ったような気配がした。

 「よう、小林!」

 ウソだろ、太陽上司だ。まだ、業務時間中じゃないのか。びっくりしていると、いきなりこう言った。

 「何か、困っていないか?」

 僕は、正直に言った。水のペットボトルを下のコンビニまで買いに行きたいのに、行けなくて困っていると。すると太陽上司は、「そうか」と一言残して、病室から出ていった。しばらくすると、太陽上司は白いコンビニの袋をふたつ、抱えて戻ってきた。

 「あいよ! 大きいボトルと小さいのも、いろいろ買っておいた」と言って、小さなボトル2本を机に置き、あとはベッド脇の台の中に入れてくれた。

 「ありがとうございます。お忙しいのにすみません」と言うと、「顔が見られてよかった。小林くんのところに来ている郵便物は、花田さんが持っている。他のものも彼女が管理してくれている。だから何も心配はいらないよ」と業務連絡。

 ほんの短い滞在時間で帰っていった。僕は机に残されたペットボトルを見た。「ああ、このボトルが、太陽上司なんだ」と、変な感慨が胸に湧き立つのを感じていた。

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