担当者が持たなければいけない視点

地方自治体の担当者は、実践側の視点が必須になってくるわけですね。

松下教授:相手の視点に立つことで、どんな企画が求められるかが分かります。すると目標を立てやすくなり、意思決定などの判断も早くなるものです。

 越境体験は自律型人材の育成にも寄与します。自治体の職員の中には、同じ地域からずっと出ず、内向きの価値観や発想に閉じこもるケースもあります。自ら地域や価値観を「越境」して自律人材に育つことは、ワーケーションの施策の企画にとどまらず、地域の人材活性化という側面からも重要なことです。

 自治体側には人材不足という課題もあるでしょう。その際は外部人材に関わってもらうのが有効です。

 例えば鳥取県では、ファミリーワーケーションを推進する際、経験や知見がある専門家を副業人材として募集。その結果、鳥取の新たな魅力を発見することができ、親子で宿泊しながら農作業を体験できる農泊ワーケーションなどの企画が生まれました。長野県千曲市はPRの専門家がワーケーションの企画運営に関わり、「トレインワーケーション」という鉄道好きの心をつかむユニークな施策を実施しています。

これからの施策を担う人材の育成には、何が重要だと考えますか。

松下教授:人材育成は、地域・企業・実践者が一体となって考えていくべきです。なぜなら、どれか一者に育成を委ねると、「ご指導文化」の弊害が生まれやすいからです。

 私自身、自治体の職員の方からよく「ご指導いただきたい」と言われます。自分としては「指導」しに行っているわけではない。実証実験に参加させてもらっているという感覚に近いのです。こういった新分野の人材をどう育成するかなど、誰も答えを持ち合わせていません。だからこそ異なる立場の人たちがフラットな関係性の中で議論していくのが望ましいのです。

 「地方移住」「東京に住み続ける」の二者択一ではなく、両方のよさを味わえる点がワーケーションの魅力です。つまり比較するわけではなく、「あれもこれも、どちらもいいよね」という世界観が必要です。

 今までは、東京から地元にUターンしたり、地方へIターンしたりする人は、東京での暮らしを捨てる覚悟が必要でした。でもこれからは「U」でも「I」でもなく「サークル思考」になればいい。地方に滞在する時期も、東京や大阪など都心に滞在する時期もある。企業間だけでなく、地域間で人材が流動化することで、都市部にも地方にも新たな価値が生まれるものなのです。

持続可能な取り組みとするために、他に自治体ができることはありますか。

松下教授:今、日本でも各自治体が個人や企業に選ばれる場所になりたいと、いろんな施策を打ち出しています。移転費や家賃の助成金を提供する自治体もあります。まず助成金ありきの誘致では、自治体の体力が消耗していくだけで、持続可能性があるとは言えません。それよりも企業の誘致であれば、その創業ストーリーと地域のリソースをつなげてみてはどうでしょうか。

 例えば徳島県には、ごみをなくす「ゼロ・ウェイスト宣言」をしたことで知られる上勝町や、IT人材の集うサテライトオフィス整備などで知られる神山町があります。上勝町は環境に配慮した衣類を生産するサステナブルファッションの企業と親和性が高く、神山町はIT系のクリエーティブ人材を採用したい企業との親和性があるといえます。そうした企業人材を誘致するのは一手です。

 独自性のある施策を打ち出すには、理念を掲げることが不可欠なのです。同様の事例で参考になるのがカラーカシミヤで有名なイタリアの高級ブランド「ブルネロ クチネリ」。世界的なブランドとして知られる同社ですが、本社はミラノではなく田舎の小さな村にあります。同社は企業理念に掲げる「人間主義的経営」を体現できる場所として、本社を小さな村に置いたそうです。自然や文化を感じながら働ける、人間の尊厳が大事にされる場所として本社の場所を選んだことが、企業ブランドにつながる。こうした理念を掲げることの重要性は、自治体施策にも当てはまります。

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