「ハコベル」スタート時の予算は月200万円
新規事業の予算、撤退基準についてはどうだろうか。
一般論では、新規事業の成功確率は、軌道に乗っている既存事業に比べて決して高くない。そのため、予算や撤退基準として定量的なルールを設けて、リスクを最小限に抑えようと考えるのがセオリーだろう。
ラクスルはどうかといえば、リスクを抑えたいと考えている点は同じだが、ここにもラクスルらしさを垣間見ることができる。
ラクスルは、新規事業を含めた各事業を複数のフェーズに分類し、ポートフォリオを可視化している。メインの印刷EC事業などで構成される収益フェーズ、ノベルティ事業が位置する成長フェーズ、そして本稿のテーマである新規事業が立ち上がる段階である探索フェーズの3つだ。ちなみに、ハコベルの物流マッチング事業、ノバセルの広告エージェント事業はどちらも収益フェーズと成長フェーズにまたがる形で配置されている。
話を戻すと、ラクスルでは、新規事業の立ち上げフェーズ、すなわち探索フェーズでは、できるだけ少ないコストで運営することに重きが置かれている。例えば、昨年の前期(2021年7月期)だけで29.3億円の売り上げを上げているハコベルですら、探索を開始した2015年当時、人件費を含め月200万円の予算しかなかったそうだ。200万円ということは、おそらく人員は2人程度だったのではないだろうか。
撤退基準はどうかと言えば、「売り上げが○○億円に達しなかったので撤退」といった定量的な基準は設けていない。そこに顧客のペイン(お金を払ってでも解決したい課題)があり、顧客価値の創出につながるのであれば、1年、2年といった短期スパンではなく、3年でも4年でも5年でも許容したいと考えているため、数字の目標を設定していないのだ。
もちろん、だからといって湯水のようにコストをかけるわけにはいかないため、探索フェーズでは先述したように「コストを最小限に抑える」という方針が取られている。
これはベンチャーの戦略としては非常に合理的といえる。体力のある大企業が競合を排除するために新規事業に多額の投資をするケースはあるが、予算の限られているベンチャーにとって現実的な打ち手ではない。まずは低コストで始め、長期的なチャレンジをする中で、芽が出たときに大きく投資をして一気に伸ばすという方針を取ったほうが確度は間違いなく上がるだろう。
ただ、新規事業に長いスパンでチャレンジするラクスルも、すべての新規事業を際限なく続けることはしない。定性的ではあるが、基準を2つ設けている。1つは、「顧客価値につながらなかった」場合、そしてもう1つは、「オペレーションを仕組み化できなかった」場合の2つだ。
逆に言えば、この2つの基準に抵触しない限りは、3年から5年といった中期的なチャレンジを継続できるということでもある。これは、流行に左右されやすい個人向けサービスではなく、法人向けのサービスを展開しているラクスルらしい戦略ともいえる。収益力の改善、あるいは継続的な成長といった顧客のペインと向き合い、しっかりと顧客価値を提供できれば、ビジネスは成立すると信じて、勝ちパターンを確立してきたからこそなせる業だといえる。
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