私が経営するグロース・キャピタルは、非連続な成長を目指す「上場ベンチャー」の資金調達や成長の支援をしている。以前の記事においてデータで示したとおり、高い成長を続け上場までたどり着いたものの、上場後に成長が止まってしまう会社は少なくない。

 ベンチャーも手を打っていないわけではない。既存事業が成長の踊り場を迎える前に、新規事業を成功させ、成長の継続を狙う。しかしそれがなかなかうまくいかないのである。今回は、新規事業を確度高く立ち上げ続けるラクスルの成功の秘訣に迫ることで、ベンチャーが上場後も成長を続けるための重要な打ち手である「新規事業」について考えていきたい。

上場前に新規事業をスタート

 ラクスルの設立は2009年。その後、2018年に東証マザーズに上場、翌年には東証1部に市場を変更し、市場区分が見直された2022年4月以降はプライム市場に移行。現在、印刷EC事業「ラクスル」を筆頭に、物流領域の「ハコベル」、分社化をした広告領域の「ノバセル」といった複数事業を展開している。

 その事業展開の特徴を1つ挙げるとすると、ノバセルやハコベルといった新規事業を「上場後」ではなく、「上場前」に始めている点だ(ノバセルは、沿革上は上場後の事業だが、新規事業アイデアとして上場前の2016年秋から探索を開始している)。

 上場前、メインの印刷EC事業が伸び盛りの初期段階から、新規事業に手を打っていた稀有(けう)な会社――そこに「ラクスルの成功の秘訣」があると私は考えている。

 ラクスルの戦略は一見、ベンチャーの成功のセオリーである「選択と集中」、すなわち「メイン事業を伸ばしているタイミングでは、メイン事業にリソースを集中して勝ち切る」という勝ちパターンと矛盾するようにも思える。あえて事業を複線化して、成功セオリーとは違う戦い方をすることで上場後も高い成長率の維持を実現しているのだ。

経営陣がコミットしている「ある数字」

 では、なぜ、ラクスルは、一般的なセオリーから逸脱してまでも、新規事業にチャレンジし続けているのだろうか。

 そこには、ある数値が関係している――。以前、ラクスルの松本恭攝社長とお話をした際、次のようなことを語ってくれた。

 「私たちラクスルが目指す姿というのは、産業のあり方を変える『デジタルインフラ』になることです。そのためには、経営を20~30年の時間軸で考える必要がある。具体的には、日本のEC化率が50%くらいになったときに、会社のポートフォリオとして、GMV(流通取引総額)が1兆円規模の事業を10個程度保有する企業でありたいと思っています。それを実現するには、中長期では売上総利益において、毎年30%成長を続けていかなければならないと考えています」

 勢いのあるベンチャーであれば、数年間という短期スパンで毎年30%成長、50%成長を売上総利益で実現することは不可能ではない。しかし、松本社長が言うように、中長期で毎年30%成長を続けるには、既存事業だけでは到底無理であり、新規事業を手掛ける必要があることは論をまたないだろう。だからこそ、ラクスルは自ら掲げた中長期的なビジョンを実現するために、計画的に新規事業にチャレンジしているのだ。

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