マイカルは昭和生まれの人にはなじみ深いが、平成生まれになると途端に認知度が下がるスーパーだ。そんなマイカルは、2001年9月に経営破綻し、03年にイオンの完全子会社となる。かつての店舗の多くはイオンとして運営されている。小売り・流通業として戦後最大とされる倒産劇の裏で何が起きていたのか。今回は02年に日経ビジネスに掲載した記事で、当時のマイカルの内実と、同じように厳しい状況にあったセガの状態を振り返ってみる。

 マイカルは1990年代、店舗拡大を急速に進めていった。バブル後の景気低迷による地価下落などにも乗じ、大都市圏の郊外や地方都市などに出店を続ける。当時、時代の寵児(ちょうじ)のように取り上げられることが多かったため、突然倒産したとの印象を持つ人も少なくなかった。

 店舗ではそれなりの売り上げを上げていたのに、なぜ破綻してしまったのか。その原因は「キャッシュフローの急速な悪化」にあった。足場を固めることなく成長への投資を続けたことが主な原因だった。拡大に次ぐ拡大を進める中、キャッシュフローが厳しい状態に陥り、最後には、メインバンクにつなぎ資金の融資を断られ破綻した。

 社債や金融機関からの融資による急激な店舗拡大という構図は、景気が低迷する令和の時代においてはあまりピンとこない。だが、キャッシュフロー不足は、何も急速な店舗拡大だけで起こるわけではない。例えばM&A(合併・買収)もその引き金になる可能性はある。既存事業の業績が伸び悩み、短期的な売り上げアップや事業領域拡大のためにM&Aを選択する企業は少なくない。

 M&Aは購入した金額の回収には想定以上に時間がかかることがある。また、合併・買収された企業の中核人材が外部へ流出してしまい、想定していたパフォーマンスが得られないということも起こり得る。それらが足かせとなってキャッシュフロー不足が起きる可能性は否定できない。M&Aに限らず、投資に対する見返りの予測が外れれば、破綻はこりうるのだ。

(写真=PIXTA)
(写真=PIXTA)

 そうしたリスクをどう予測し、避けるべきなのか。過去マイカルで起きた破綻の内実や、同じく厳しいキャッシュフロー不足に陥ったセガが危機にどのように対処せざるを得なかったかを知ることは、他山の石として生かせるのではないだろうか。

 以下の記事は日経ビジネス2002年9月23日号の「キャッシュフロー時代を生き抜く 危ない会社の見方 『マイカル破綻を読み解く』」を再掲載したものです。登場する人物の肩書、企業・組織名、資本・提携関係、表現などは原則として掲載時のものです。

マイカル破綻を読み解く

 マイカルは最終的にキャッシュが回らなくなって経営破綻に追い込まれた。資金繰りに窮していく様子はキャッシュフローから浮かび上がる。経営不振のセガはキャッシュフローの改善で、窮地からの脱出を図る。

 2001年9月に破綻し、会社更生法に基づき経営再建中のマイカル。大幅な経費削減と来店者数の回復で収益が改善しつつある。店舗閉鎖数も当初の60店から半分以下に縮小できる見通しで、提出期限の12月末をメドに更生計画の策定に取り組んでいる。

 マイカルの破綻には様々な要因が絡み合っているが、最終的に経営を追い込んだのは資金繰りだった。

 一般に「危ない会社」と言われる企業では同様の現象が見られる。利益を計上しながら資金繰りがつかずに破綻する黒字倒産は、損益計算書だけでは分からない面があることを示している。キャッシュフロー計算書を分析すれば、資金繰り悪化の兆候を察知することができる。

 「キャッシュフロー時代を生き抜く」シリーズ最終回では、経営不振企業をキャッシュフロー計算書から読み解く。その際、実際に破綻した企業の状況から見ると分かりやすい。

 マイカル破綻の引き金を引いたのは、メーンバンク(主取引銀行)の第一勧業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)だった。マイカルは昨年9月につなぎ資金400億円の融資を第一勧銀に要請したが、同行が拒否したため、資金繰りがつかなくなり法的整理に追い込まれた。

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