新型コロナウイルスの感染拡大によってアパレル業界は大変厳しい状況に追い込まれた。外出する頻度が減った分、仕事着や外出着などへの需要は激減。「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングも影響を受け、売り上げや利益に陰りを見せた時期もあった。だが、業界全体の苦境ぶりに比べ、大きな逆風を受けずに済んでいる。21年8月期には連結で増収増益となり、連結純利益は過去最高を記録している。

 ユニクロはSPA(製造小売り)という業態の中で、在庫をコントロールする工夫を続けてきたことや、コロナ禍で部屋着や在宅需要のニーズに応える商品が伸び、巣ごもり需要の恩恵を受けたことがその理由として挙げられるだろう。

 国内外で高い競争力とブランド力を勝ち得たユニクロ。だが、その歴史をひもとくと、20年ほど前に、消費者から「飽き」「陳腐化」という評価を受けていたことが分かる。ユニクロは1998〜2000年にフリースを爆発的にヒットさせた。だが、ブームが落ち着きはじめた後、新たなヒット商品を生み出せず、02年には売り上げが減少することになる。今回はそうした中で、日経ビジネスに掲載された記事を紹介する。

 記事でも触れているが、「カジュアル衣料を扱う企業の台頭は10年周期」との認識があった。当時、他社も似たような安価なフリースを発売し、それ以外の製品でも競合する企業は品質や価格競争力を高めていた。02年には、スペインのファストファッション「ZARA(ザラ)」が原宿店を開店し、03年ころから店舗数を急速に増やしていた。着々とユニクロ包囲網が出来上がりつつあった。

 そうした苦境の中、ユニクロは03年に、機能性インナーの「ヒートテック」の販売を開始。07年発売の「エアリズム」や「ウルトラライトダウン」(09年)など機能性を追求した衣料品を展開していく。並行して、ジル・サンダーをはじめとするブランドとのコラボなども実施。定番ブランドでありながら、飽きを感じさせたり陳腐化したりしないように、新機軸、新製品を展開し続けてきた。

 02年当時、なぜユニクロは飽きや陳腐化との評価を受けたのか。そしてその時何を模索していたのか。ユニクロが置かれた当時の状況や判断を振り返ることは、他業種の企業も含め参考になることが多いはずだ。

以下の記事は日経ビジネス2002年2月18日号の第2特集「ユニクロ、次の一手」の「どうなる陳腐化からの再起」を再掲載したものです。登場する人物の肩書、企業・組織名、資本・提携関係、表現などは原則として掲載時のものです

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