下請け企業のジレンマ。それは、取引先から安定した発注を受けられる半面、取引先の業績悪化や方針転換によって、一気に厳しい状況に追い込まれることにある。

 下請けから脱したい。しかし、独自にビジネスを起こすことはそう簡単ではない。そもそもなにから始めたらよいか分からない。あまり派手に下請け脱却を図ると取引先から目をつけられるといった、ジレンマを抱える企業も多いだろう。

 そんな企業に勇気を与えてくれるのが、今回紹介する「魔法のフライパン」を開発した錦見(にしきみ)鋳造(三重県木曽岬町)だ。同社は機械や電機メーカー向けに鋳造部品を製造する典型的な下請け企業だった。

2022年現在も人気が続く、魔法のフライパン
2022年現在も人気が続く、魔法のフライパン

 魔法のフライパンの特長は、鉄のフライパンの常識を覆す肉厚1.5ミリという薄さだ。薄いにもかかわらず強度があり、薄いので軽くて扱いやすい。2022年1月時点で、予約から納品までの期間は約2年6カ月にもなる。

 開発のきっかけは、バブル崩壊直後に元請けから迫られた一方的な値下げ要求だった。そんな中、「価格を下げ、終わりのない競争に巻き込まれたら未来はない」と考えた錦見泰郎社長は自社商品の開発に着手。肉厚1.5ミリの鋳物のフライパン作りを目指すことになった。それから足かけ10年弱。他にはないフライパンを完成させた。

 安価なアルミフライパンであれば2000円で購入できる中にあって、魔法のフライパンは8800~1万3200円(税抜き)と高価格だ。にもかかわらず、生産が追い付かないほど人気商品であり続けている。ここまでの人気商品になることはまれかもしれない。だが下請け企業であり続ける限り、こうしたビッグチャンスは巡ってこない。依存から脱却したい企業にとって、錦見鋳造のチャレンジは勇気をもらえる一つの事例ではないだろうか。

 今回紹介するのは日経ビジネス2004年3月8日号に掲載した「“魔法のフライパン”脚光 脱・下請けへ、鋳物技術磨いた町工場の意地」です。登場する人物の肩書、企業・組織名、資本・提携関係などは原則として取材当時のものです。

脱・下請けへ、鋳物技術磨いた町工場の意地

 菜箸でかき混ぜるだけで中華料理店のようにご飯がパラパラのチャーハンを作れる“魔法のフライパン”がある。1枚1万円。愛知県内を中心に人気を呼んでおり、2003年の販売数量は約7000枚に達した。主婦の頼れる味方を製造しているのは、名古屋郊外にある従業員数9人の鋳物専業メーカー、錦見鋳造(三重県木曽岬町)だ。

 見かけは鋳物で作った何の変哲もない鉄のフライパンだが、手に取ってみるとアルミ製かと思えるほど軽い。重さは980gだ。実際に使うと、鉄につきものの焼き物が焦げたり、表面にこびりついたりする欠点がなく、短時間で満遍なく高温に焼き上がる。

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