「良い円安」と「悪い円安」

 同じ人でも時と場合によって、事の結果は良いときと悪いときがある。実は、これと似たことが為替市場にもある。最近よく聞く「悪い円安」。円安は海外からの買い物、つまり輸入には不利で、その逆の輸出には有利。海外旅行や海外サイトでのショッピングなどで、多くの人が経験済みだろう。

 長い間、輸出業界が経済成長を担ってきたこの日本では、総じて円安は良いこととされてきた。輸入業界にとっては悪いことだが、日本全体で見れば輸出関連企業の割合が高い分だけ、日本経済は円安の恩恵を受けることが多かった。だから「良い円安」とはあまり言わないし、聞かない。それは円安は良いことが前提だからだ。

 2021年は円安が短期間で一気に進んだ。1月の1ドル103円台から、11月には一時1ドル115円台まで下落した。為替市場の動きは、公園で見る遊具のシーソーと同じだ。

 一方の通貨が上がれば、もう一方の通貨は下がる。「円安・ドル高」はあっても、「円安・ドル安」はない。過去の例で言えば、今年くらい円安が進んだ場合、今よりもっと日本の株式市場は上昇した。ところが今回は、そこまでは上がらなかった。

 秋口からおよそ7年ぶりの水準にまで高騰した「原油」。急速に進んだ円安の一因はここにもあった。日本は、原油などエネルギー資源のほぼすべてを海外から購入する。

 その際の通貨は多くの場合が「ドル」だ。原油の価格が上がれば上がるほど、必要なドルを多く調達しなくてはならない。大量の「円」を売って大量の「ドル」を買う。大量の円を売るので、円安は一気に加速するというわけだ。

 原油をはじめとするエネルギー価格の上昇は、総じて企業コストの増加につながる。エネルギーを使わない業界や企業は、まず見当たらない。四季を通じて、どんな野菜でも口にできるのはハウス栽培のおかげだが、ハウス内の温度調節の主役も原油だ。

 企業コストの増加は企業業績を圧迫する。コストの上昇分をすぐには小売価格に上乗せできないからだ。目に見える数多くの商品は元をたどると原油だが、ほとんどの場合、小売価格に上乗せするまでに相応のタイムラグが発生する。その間に生じるコストは企業が負担しなければならない。

 そして企業業績の悪化は、株価の下げにつながる。ガソリンスタンドの店頭小売価格は、見るたびに上がったり下がったりしているが、あれは小さいタイムラグで価格に転嫁できる仕組みがもともとあるからで、電気料金もそれは同じだ。

 このように、円安で上がりやすいはずの日本の株式市場がなかなか上がらない、最近の一連の動きを総称して「悪い円安」と呼ぶ。ただ、よくよく考えてみると、前提となる経済動向や企業の収益構造が急激に変化しつつある今、それは当たり前と言えば当たり前だ。

 例えば、ひと昔前には既に急速に進み始めていた、日本企業の海外への生産拠点シフト。完成品は日本を経ることなく、海外拠点から各国に輸出される。つまり、円安の恩恵を昔ほど受ける状況にはない。

 既に「円安=株高」の前提条件は随分前から崩れていたのだ。まずは疑ってみること。これがますます必要な時代になった。過去の知識や経験則がそのまま使えない今の時代は、実に不透明でややこしい。

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