為替市場は誰が動かすのか

 さまざまな要因が複雑に絡み合いながら変化する為替市場。ここ数カ月で急速に進んだ「円安・ドル高」は、日本が金利を据え置く一方で、米国が金利の引き上げに動いたことがその原因だ。この「国と国との金利差」は、経済の基礎的条件(ファンダメンタルズ)の一つであり、常に為替市場の動きを主導する代表例。資金は金利の低い国から高い国に流れる(高い所から低い所に流れる川の水の動きとは正反対の動きになる)。

 経済の基礎的条件(ファンダメンタルズ)には、「国と国との金利差」以外にも、「国際収支」や「資金供給量」、「物価」などがある。私のように資産運用業界で働く者は、まずはここを確認する。医師が患者の胸に聴診器を当てるところから診察を始めるのと一緒だ。

 次に「為替市場」を動かす要因がその他にないかと、「株式市場」や「地政学リスク」、誤解を含む「市場心理」に至るまで、想定される可能性を一つずつ確認し始める。診察で言えば、全身を診始めるということだ。

 一方で、想定される要因を全て挙げていたら切りがないことも事実。そこで、数ある要因の中で何を重視すべきか、優先順位を付けることが必要になる。さらに具体的に言えば、為替市場の参加者が、いま何に注目しているのかを見極めるということ。彼らの取引自体がマーケットの動きを示すからだ。

 よく経済ニュースや関連記事などが「市場が(マーケットが)注目しているのは……」と表現する。この「市場が」や「マーケットが」というのが、市場参加者のこと。為替市場や株式市場などのマーケット予想には、マーケットの気持ちと自分の気持ちを一つにすることが必要だ。「今、彼や彼女にこう言ったら怒るだろう」とか、「喜んでくれるに違いない」といった予想と同じで完全な正解はないが、できる限り気持ちに近付いてみることが重要だ。

 ところが、彼や彼女の気持ちに寄り添えたはずなのに反応が薄いケースもある。例えばマーケットが注目する米国の失業率。実際に発表された数字は、自分の予想通り改善。円を売ってドルを買う、「円安・ドル高」がさらに進むはずだが……あれ? 動かない。つまり、既に織り込み済み。マーケットが反応して動くのは、改善度合いが予想した水準を超えているか、逆に悪化した場合。想定外の事実に驚いたときに初めて反応するのは、人もマーケットも同じだ。

 そして今、まさに発表ラッシュの時期を迎えた2022年3月期決算。実はファンドマネジャーやアナリストなどプロの投資家が注目するのは、併せて公表される2022年度の事業計画の方だ。20年ぶりの円安水準の今年は、中でも各企業の「想定為替レート」に注目が集まる。今のところ1ドル120円程度の想定が多いようだが、中には115円以下とする企業も少なくない。総じて今よりも「円高」の流れを想定している。ここから先も1ドル130円近辺の水準が続けば、輸出関連企業の強力な業績の押し上げ要因になる。

 年度初めに公表される事業計画は、昔から保守的な水準が多い。そして、「想定為替レート」はいつの頃からか事業計画のバッファーとして使われるようにもなった。ウクライナ情勢や米国金利引き上げの影響、モノやサービス価格の上昇懸念、中国経済の減速感など、先行きの不透明感は増すばかり。新型コロナの感染状況も依然として事業リスクの一つとして残る。より正確性が求められる上場企業の事業計画には、もはや必要なバッファーなのかもしれない。

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