異端の二人が先導したスペシャルティコーヒー市場

 グアテマラは、以前の記事で取り上げたコロンビアとある共通点がある。両国とも自国を「コーヒーのエリート」とみなしている点である。確かにグアテマラはコーヒー栽培の歴史も長く、スペシャルティコーヒー以前から高品質なコーヒーを生産してもいる。そのような背景から豆の価格も他国と比べて高い。生産者も「これ以上払えないなら売らないよ」という感じ。つまりは売り手市場なのだ。

 そのため買い付けを約束していた豆を先に他社に売られてしまうといったトラブルも数知れず、そうしたことが起こるたびに「ああ、またやられたな」と諦めにも似た気持ちで自身を納得させることになる。

 このように一筋縄ではいかないお国柄で、唯一と言っていいほどに信頼の置ける人物が、今回紹介するポール・スタリーさんだ。生真面目で頑固な性格ながらウイットに富んだジョークを放つ才覚があり、彼とのドライブの最中はいつも笑い声が絶えない。気を張ることの多い海外出張では彼と過ごす時間は楽しいもので、気づけば私の妻より彼とのドライブの時間の方が長くなってしまった。

 ポールさんは父親の代から営むサン・ヘラルド農園の2代目。だが、私とポールさんとの関わりは、彼のもう一つの顔である輸出業者として知り合ったところから始まっている。ポールさんは農園主と輸出業者の二足のわらじでコーヒーに関わっているのだ。

サン・ヘラルド農園のオーナー、ポール・スタリーさん
サン・ヘラルド農園のオーナー、ポール・スタリーさん

 彼はオルガさんというビジネスパートナーの女性とともにコーヒー輸出業を手掛けている。オルガさんは2001年に初の自国開催となったコーヒー豆の国際品評会であるカップ・オブ・エクセレンス(COE)の立ち上げにも関わった国内のコーヒー業界では名を知られた人物で、この輸出会社も元は彼女が一人で設立したものだ。

 オルガさんの狙いは、グアテマラで生産されるスペシャルティコーヒー、とりわけ小規模生産者のコーヒー豆を輸出し、広く世界に紹介することにあった。

 グアテマラのコーヒー業界の内情をよく知る彼女は、かねてから有名な生産者の名で流通するコーヒーの中に小規模生産者の豆が混ぜられていることを不健全に感じていた。そこで小規模生産者がきちんと対価を得られる透明性あるビジネスモデルを構築しようと早くから画策していたのだ。

 それはとても意義のあることで、私もその考え方に賛同して応援していたのだが、必ずしもその高い志は歓迎されるものではなかった。オルガさんのまっすぐな正義感は周りに敵を生みやすく、新たな取り組みを面白く思わない旧来勢力に目を付けられたのだ。また狡猾(こうかつ)で自分勝手な小規模生産者にだまされることも多く、彼女の事業は苦戦を強いられていたのであった。

 そうした状況を好転させたのがポールさんだ。オルガさんが旧知の仲であったポールさんを招き入れると、彼はまるで潤滑油のように立ち回り、経営の安定化に寄与した。彼はグアテマラ人の癖や考え方を熟知していた。さらには利害関係者のあくどい思惑をうまくいなし、筋を通しながらあるべき方向へ物事を取りまとめる実務的な調整力にたけていたのだ。

左から順に、オルガさん、私、ポールさん
左から順に、オルガさん、私、ポールさん

 隙あらば出し抜かれるグアテマラのコーヒービジネスの世界で清廉を貫く二人はある意味で異端だ。しかしその一貫したポリシーによって世界のバイヤーの信頼を獲得し、今では国内有数のコーヒー輸出業者にまで成長を遂げた。もちろん私にとっても、彼らは欠かせない存在となっている。

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