微気候が生み出すタラス産コーヒーの多様性

 リカルドさんと出会ったタイミングは、ちょうど私にとっての「発見の5年間」と重なっていた。発見とはタラスのコーヒーのこと。それ以前からタラスがコスタリカ屈指の優良産地であることは知ってはいたが、同じタラス産コーヒーでもそのフレーバーが一様ではないことに気づき、現地の輸出業者とともに新しく設立されたマイクロミルなどの「隠れた宝石」を追い求めていたのである。

 ではなぜタラスで生産されたコーヒーは多様性に富んでいるのか。それは何よりもテロワール(自然環境の特性)の違いが大きいと私は考えている。

タラス地区。ある農園からロス・アンヘレス マイクロミルを臨んだ風景
タラス地区。ある農園からロス・アンヘレス マイクロミルを臨んだ風景

 地図を眺めてみれば一目瞭然だが、コスタリカは国の東西を太平洋とカリブ海に挟まれ、さらに国土の南北を火山帯の山脈が背骨のように貫いている。そうした複雑な地理的環境に由来する海風の影響や降雨量、日照時間といった要素がテロワールの違いとして現れてくるのだ。

 タラスは基本的には太平洋から吹き込む乾いた風の影響が大きいのだが、斜面や谷の向きによってはカリブ海から流れ込む湿った空気の影響を受けるエリアもある。こうした環境要因が独特の微気候を形成し、複雑な味わいのコーヒーをつくり上げるのである。

 中南米各地にはユニークな微気候が少なからず見られるものではあるが、ことタラス周辺は地形が入り組んでいることでその影響も一段と大きい。まるでタラスだけで一国をなしているかのようなコーヒーの多様性があるといっても決して大げさではないだろう。

コスタリカの運命を変えたマイクロミル革命

 コスタリカのコーヒー産業を語るうえで欠かせないのが、先ほどから話題に出ているマイクロミルだ。タラスだけでも100以上を数えるといわれるが、まずはその役割を理解するために、2000年代初頭に勃興した「マイクロミル革命」の成り立ちの経緯をここで少し振り返っておこう。

 マイクロミル成立以前のコスタリカでは、小規模生産者が摘み取ったコーヒーチェリーは各地区にあるメガミルと呼ばれる協同組合や私企業が運営する巨大な生産処理施設に持ち込まれ、一括で処理されていた。

 例えばタラスであれば、近隣の生産者のコーヒーチェリーと混ぜられて「タラスコーヒー」として出荷されるわけだが、生産者としては高値で売れさえすればそれで問題はなかった。かつてはコーヒーを「黒いダイヤ」と呼び、皆がこぞって参入した時代があったほどで、当時の産業構造としては十分に機能していたのだ。

 ところが1990年代末から2000年代初頭に訪れた「コーヒー危機」によって状況は一変する。全世界的にコーヒーの価格が暴落し、出荷量で補うためにメガミル同士によるコーヒーチェリーの奪い合いが激化。競争に敗れたメガミルは破綻し、生産者は生産コストに見合わない安値でコーヒーチェリーを買いたたかれるという悪循環に陥ってしまうのである。

 そうした危機的状況に際して生まれたのがマイクロミルだ。一部の先見性のある生産者たちは、メガミルを介さずに自らが収穫したコーヒーチェリーを自らの手で生産処理しようと立ち上がった。折しも消費国ではスペシャルティコーヒーのブームが到来しつつあり、もともと良質なコーヒーを生産していた農園を中心に、生産処理で付加価値をつけることで活路を開こうと考えたのだ。

 当初は自分や家族の農園を手がける程度であったマイクロミルは、次第に近隣の農園まで巻き込むことで、地域に根付いたミルへとその役割を広げていった。同時にパイオニアに感化されて新たなマイクロミルが次々と誕生し、豆の品質や個性を追求する意欲的な生産者による新時代が幕を開けたのである。

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