高く買うこと変化する農園の生活
ティトさん一家はそうした二重苦の中でもコーヒー農園をやめなかった。バイヤーは、豆を購入する際に「ここからこのぐらいのレンジ」という予算をそれぞれ持っている。だが、ティトさんが提示する額はその範囲より著しく低い状況だった。味の評価と賞賛に値するお金をもらってほしい。コーヒーが持続可能な産業へと変革していくには、正当な対価の支払いが不可欠だ。
ティトさんの農園は年間の豆の生産量が約7トンだった。中間業者が入っていたときの大体の年間収入は、日本円に換算すると約200万円だった。それがスペシャルティコーヒーを本格的に取り扱うようになり、今では400万円に増えたという。コマーシャルコーヒーでは相場の上下が激しく、家やクルマのローンが払えなかったり、担保に入れた農園を取られたりすることもあった。だが年収が倍になり、自由度も大きく高まった。
ティトさんの村に初めて行った15年前、その地域には農園を持つ約40の家族がいたが、そのうちクルマを持っていたのはわずか2家族だけだった。それが、今ではクルマを持っていないのが2家族になった。生活水準が高まれば、ローンもしっかりと組めるようになる。コーヒーでサステナブルに商売ができる環境ができ、小規模の家族農園が少しずつ生産量も質も高めていく。ティトさんの家族も学校に通えるようになり、より経営について考えるようになった。

このティトさん以外にもいい豆を作ることで、収入を大きく上げていくことに成功した農家がたくさんある。スペシャルティコーヒーを軸に、乗り越えられなかった2つの課題を克服し好循環が生まれつつあるのが現代のホンジュラスだ。
「現地の農園や業者と直接取引するなんてだまされるよ」というバイヤーもいる。だが、農園も生きるための農業から、生活を楽しむための農業へと階段を上り、評価される豆作りを知ることで中長期的に物事を考えられるようになってきた。口のうまい業者もいるし、だまされそうになったこともある。ただ最近は、私と取引してお金をくすねたいという人は、「面倒臭そうだぞ」と離れていくようになった。真摯に豆と向き合う真面目な人としかつながりは残っていかない。それを痛感している。
美味しいコーヒーを求めて多くの人が開拓を始める時代になった。これは、かつてのワインの広まりに似ている。質の違いを理解する人が増えるにつれて、希少性を評価するコアなファンも一定数出現する。そこには作り手の独自性や、農園や地域が持つ物語も付加価値となって、惜しみなく対価を払う層も増えてくる。ワインと比較するとコーヒーは30年それが遅れているが、必ずやそういう時代はやってくる。
高品質なコーヒーを求める人たちの努力が時間をかけて世界に広まり、市場が拡大していくことで、ホンジュラスをはじめとする多くの貧困国が経済力を持つようになり、ミクロでは農家や国民の生活レベルの改善にもつながっていく。こうした変化は立て続けに起こしていくべきだ。
では、他の国ではどのような変化が起こっているのだろうか。次回は舞台を南米に移し、ブラジルやペルーの隣国である「ボリビア」の農園を通した現代珈琲史をお届けしよう。
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