革新の前に立ちはだかる伝統という高い壁

 コスタリカから帰国したアルフレドさんはすぐさま自身の農園の改良に着手した。設備投資を行い、従来のウォッシュト、ナチュラルに加えてハニープロセスを含む新たな生産処理にも意欲的に挑戦。これまで一緒くたになっていた苗を品種でえり分けて管理し、さまざまな生産処理と掛け合わせる研究を開始した。また、従来の農園よりも標高の高いエリアに実験農園も開設。テロワールの違いを念頭に置いた栽培にも取り組んでいる。

ナチュラルプロセスの乾燥作業。アルフレドさんは、コスタリカ視察後に乾燥用のアフリカンベッドを新設した
ナチュラルプロセスの乾燥作業。アルフレドさんは、コスタリカ視察後に乾燥用のアフリカンベッドを新設した

 うれしい誤算と言うべきか、彼はわずか1~2年で私の予想を大幅に上回る成果を上げ、今では文句なしの国内トップ生産者に上り詰めた。これまでエンジニア業の傍らで農園の手伝いをしていた息子さんもコスタリカの体験を経て火がついたのだろう、近々専業になると耳にした。

農園のピッカーたち
農園のピッカーたち
収穫後のコーヒーチェリー
収穫後のコーヒーチェリー

 アルフレドさんの目覚ましい活躍は、彼に変革を促した張本人としては胸をなでおろす思いだ。一方でドミニカ共和国全体を見渡せばコーヒーの未来はいまだ楽観視できない状況にある。

 旧態依然とした産業構造は「第2のブルーマウンテン」の栄華から抜け出せず、既得権益の力は相変わらず根強い。一部の有志たちがコーヒー豆の国際品評会であるカップ・オブ・エクセレンス(COE)の国内初開催に向けて働きかけをしているようだが、それも頓挫したまま。審査に足る品質の豆が十分にそろわず、時期尚早であるとCOEの主催団体からみなされているのだろう。

 このような状況を打開するには、現状では個の力のさらなる飛躍に頼るほかない。アルフレドさんのような外の世界を知る生産者が少なくともあと4~5人は欲しい。COEのような個人にスポットが当たる品評の場を待ち望む生産者は必ずいるはずで、そうした声が多く集まることで“大きな岩”を動かすことができるのではないかと私は期待している。

 ドミニカコーヒーが上品で飲みやすいことは確かだ。特に日本人の口には相変わらずよく合う。しかし伝統さえ守っていればいいというビジネス観は、スペシャルティコーヒーという新たな価値基準を前にしていよいよ通用する時代ではなくなった。世界のニーズはさらなる変化を要請する。大義なき伝統への恭順は自らの未来を放棄するようなものだろう。

取材・文/永島岳志

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