コスタリカへの旅で知る本物の世界レベル

 コスタリカへの視察旅行をアルフレドさんに提案したのは、彼と付き合って2年がたった18年のことだった。「俺のコーヒーは世界一だろう?」と相変わらず天下を取ったような気分の彼ではあったが、私が時折伝える世界のトレンドにも少しずつ興味を示してくれるようになっていた。ただ見よう見まねで彼がやってみたところでうまくいくはずもなく、それなら百聞は一見にしかず、実際の現場を訪ねるのが早いだろうと考えたのだ。

 私が訪問先にコスタリカを選んだのには理由がある。中米で最も先進的なコーヒー生産国であり、中でも先述したハニープロセスの技術を学ぶことはアルフレドさんの農園に必ずよい影響を与えるだろうという目算があったのだ。

 ドミニカコーヒーの伝統的な生産処理方法であるウォッシュトは、ミュシレージ(粘液質)を完全に除去することでクリーンな仕上がりになるが、それゆえにテロワール、つまり栽培地のポテンシャルの差が残酷なまでに豆に反映されてしまう。対してミュシレージを生かした生産処理方法であるハニープロセスはそのデメリットを克服できる。ミュシレージによって作り出される甘みやフレーバーをまとわせることで、ウォッシュトでは表現できない豆の個性が生まれるというわけだ。

 初めは私の提案に二の足を踏んでいたアルフレドさんも最終的には腹をくくり、かくしてアルフレドさんと彼の息子さんを引き連れてのコスタリカ旅が決行された。1週間かけて国内トップクラスの農園を歴訪する、丸山流のスペシャルツアーである。

 旅の収穫は私の予想通り、いやそれ以上のものだった。ただそれはアルフレドさんがプライドを捨て、厳しい現実を受け入れたことで得られた対価でもあった。

 ある日、彼が持参した豆とコスタリカの生産者の豆とを飲み比べをする機会があった。彼はその時にようやく事のすべてを理解した。自国ではお山の大将を気取っていた彼も、コスタリカの生産者の豆をカッピングした後ではさすがにそのレベルの違いを認めるほかなかったのだ。

 彼の農園との違いはいろいろあったが、私が思うに彼が最も衝撃を受けたのはコスタリカの生産者の「プロフェッショナリズム」そのものだったのではないかと思う。

 機械のメンテナンスからロット管理、農園のマネジメントやサステナビリティへの配慮に至るまで、コスタリカの生産現場は、個人の裁量に任されがちな(ゆえにいいかげんになりがちな)ドミニカ共和国の生産現場にはない真剣さに満ちていた。高品質なコーヒーはそうした環境が整って初めてもたらされることを、アルフレドさんはようやく身をもって実感したのだった。

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