メンタルフォローとやりがい、仲間もできる場所

TAKANE氏。本業で俳優、アーティスト、デザイナーなどをする傍ら、Takane.E.Officeの 代表を務める。飲食店経営は初めてだが、長年ヨーロッパで活動していた経験と、過去に「レタスクラブ」「NHKきょうの料理」「ESSE」などの料理雑誌で入賞するほどの料理好きであることから、飲食業を通じてウクライナ人を雇用で支援することを発案した
TAKANE氏。本業で俳優、アーティスト、デザイナーなどをする傍ら、Takane.E.Officeの 代表を務める。飲食店経営は初めてだが、長年ヨーロッパで活動していた経験と、過去に「レタスクラブ」「NHKきょうの料理」「ESSE」などの料理雑誌で入賞するほどの料理好きであることから、飲食業を通じてウクライナ人を雇用で支援することを発案した

個人でウクライナ支援をするには、募金などできることが限られている。そんな中、なぜ飲食店をオープンしようと思ったのか。

TAKANE氏:まず、ウクライナからの避難民のために何か行動したいと思い、彼らに今必要なことは、「住宅の提供」「お金の提供」「物資の提供」「仕事の提供」の4つがあると考えた。「住宅の提供」は国が、「お金の提供」は日本財団や募金などでカバーされるだろう。「物資の提供」は人によってそろっているもの、そろっていないものがあるので、提供しても無駄になるかもしれない。そう考えると、自分ができることは「仕事提供(雇用)」だと思った。

なるほど。ただ、飲食業経験者ではないのに、ウクライナ料理店をオープンすることに迷いや心配はなかったのか。

TAKANE氏:ウクライナ避難民に雇用機会をつくるということと、来店客とウクライナ避難民の交流の場をつくって支援の輪を広げる、というはっきりとした目的があったので、迷いはなかった。

 ただ、思いが先行するだけでなく、料理やサービスの質にはこだわっている。日本人が毎日来ても飽きないよう、ウクライナ料理を和食ベースで提供しているだけでなく、モルドバやジョージアのワインなど、ロシアによる侵攻に苦しめられている国々の料理文化も取り入れている。ウクライナ避難民支援という社会貢献のための店舗なので、誰でも気軽に入れる価格帯にしている。

迷いはなかったようだが、心配はどうか。

TAKANE氏:初めての飲食店運営なので、心配はないと言ったら嘘になる。ただ知り合いの日本料理店の監修もあり、自分も食には関心が高かったので、何とかなると思った。ウクライナの避難民が日本語を話せなくてもいくつかの接客ワードさえ覚えれば、最低限のことは対応できる。

 支援にはほかの方法もあるが、日本で安心して、また誇りを感じながら働ける場所を提供したいと考え、たどり着いたのがレストランという業態だった。そして「彼らのメンタルケアができて、ウクライナ人の友人や仲間とも交流できる雇用先は何か」を突き詰めたら、ウクライナ料理店になった。また、来客する人が彼らを激励したり応援したりして元気づけてくれると思った。

その通りになったか。

TAKANE氏:予想以上にうまくいっている。激励のお手紙やメッセージカードをもらうことがあり、中にはウクライナ語で書いてきてくれるお客さんもいた。さらに、差し入れやプレゼントを持ってきてくれたり、支援金を持参してくれたりする人までいた。大変ありがたい。また週に1~2回来店する常連客は、スタッフの名前を覚えてくれたり、コミュニケーションを取ってくれたりするので、今後が楽しみだ。

「スマチノーゴ」で働くウクライナスタッフたち。左からナターリアさん、アリーナさん、イリーナさん
「スマチノーゴ」で働くウクライナスタッフたち。左からナターリアさん、アリーナさん、イリーナさん

店舗を出すまでに、たくさんの苦労があったと思う。どんなことがあったか。

TAKANE氏:ウクライナから多くの避難民が来ているが、外国人雇用サービスセンターに登録しても、スタッフが全く集まらなかった。

それは大変だ。どうやって採用活動を進めたのか。

TAKANE氏:知り合いから聞いた話によると、ウクライナ人はFacebookなどでコミュニティーを作って交流しているという。そこで、コミュニティー内にウクライナ語で「ウクライナ料理店をオープンするので、働きませんか」とアプローチしたら、一気に20人から問い合わせがあった。

素晴らしい行為をしたら激励される一方で、一部の心ない人から「売名行為」や「偽善者」などのアンチ的な書き込みや電話はなかったのか。

TAKANE氏:それは全然なかった。むしろ温かく応援してくれる人が非常に多い。

店内に飾られているウクライナカラーの千羽鶴は、ウクライナ大使館からプレゼントされたものだ
店内に飾られているウクライナカラーの千羽鶴は、ウクライナ大使館からプレゼントされたものだ

飲食店だから、売り上げもシビアに見なくてはいけない。現在はどのような状況か。

TAKANE氏:自分がデザイナーとしても活動していることもあり、内装のアートに関しては全て自分で行った。しかし、初期費用がそれなりにかかってしまい、また9人のスタッフをなるべく働かせてあげたいがゆえに、過剰に人数を投入してしまった。だから収支的には厳しい。人手が足りている曜日や時間帯は、工夫して人数を減らしたい。ただどんなに赤字になっても、ロシアによるウクライナ侵攻が収束するまで店は続けるつもりだ。

最後に、店を経営していて最もうれしかった出来事を聞きたい。

TAKANE氏:働いているスタッフから「スマチノーゴで働けてうれしい」「みんな家族みたいで居心地がいい」と言ってもらえたことだ。最近はスタッフから、「こんなコースをやったらどうか」「こんな料理を作れるから新メニューにしないか」と提案もくれるようになり、彼らの成長ぶりも喜ばしい。

 店を訪れた人にスタッフのことを知ってもらうために、スタッフ紹介文や誕生日などのメモリアルデーの告知、また簡単なウクライナ語講座のパネルを作成してメニューと一緒に置いているので、来場したらぜひそちらも見てほしい。

ウクライナカラーのスカーフを結び合うスタッフ。端から見ていても本当に仲良しだ
ウクライナカラーのスカーフを結び合うスタッフ。端から見ていても本当に仲良しだ
クリスマスメニューの試作会。TAKANE氏とウクライナスタッフは家族のような付き合いをしている
クリスマスメニューの試作会。TAKANE氏とウクライナスタッフは家族のような付き合いをしている

取材を終えて

 今回紹介したウクライナ料理店「スマチノーゴ」は、ロシアによるウクライナ侵攻で避難民になってしまった人たちを、雇用で少しでも助けたいという気持ちからオープンさせたお店だ。オーナーの素晴らしい行動力と心意気とボランティア精神に心から拍手を送りたい。

 年内営業は、残念ながらこの記事が公開された12月23日が最終日だ。年明けは、1月10日からの営業を予定している。通常、ランチタイムは11時〜14時、ティータイムが14時〜16時、アペロタイム(ディナー前におつまみや酒をたしなむ時間)が17時〜18時、ディナータイムは18時〜22時(ラストオーダーは21時)で営業している。立ち寄る意義があるお店。食べて応援を求む。

スマチノーゴ

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この記事はシリーズ「負けない外食」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。