「負けない外食」ではこれまで、居酒屋やビストロ、高級飲食店などがいかに新型コロナウイルス禍と対峙(たいじ)したのかを紹介してきた。共通するのは、いずれもアルコールを楽しめる、滞在時間が比較的長いタイプのお店である点だ。客の回転率は悪い半面、アルコールの売り上げで収益を上げるビジネスモデルでもある。

 一方、アルコール売り上げの依存度が居酒屋などに比べて高くないのが、ラーメン店だ。午前中から夜まで営業できて回転率はいいものの、店舗面積は広くなく、1人当たりの面積が狭いため密になりやすい。今や国民食にもなったラーメン店は、このコロナ禍をどのように乗り越えたのだろうか。

 札幌みそラーメンや博多とんこつラーメンと並び、「日本三大ラーメン」と称される喜多方ラーメンの代表格、「喜多方ラーメン坂内」を今回はピックアップしたい。

 高層ビルが立ち並び、ビジネスの中心である東京・大手町。5つの地下鉄路線が乗り入れ、多くの企業が本社を構える。ランチタイムともなると、多くのビジネスパーソンが人気店へと走って行列をつくるのは一種の風物詩でもあった。大手町駅から地下で直結する大手町フィナンシャルシティノースタワーの地下1階にある。喜多方ラーメン坂内の大手町店もまさにそんな店だった。

 だが、そんな日常の風景に異変が生じて2年が経過した。コロナ禍で高層ビルからは人が消え去った。事務職の多くが「リモートワーク化」され、オフィス街はかつての勢いを取り戻せないでいる。

「喜多方ラーメン坂内」を全国展開させた、諦めない熱意

 お店の苦闘を紹介する前に、少し長くなるが、まずは喜多方ラーメンや坂内の歴史について記しておきたい。

 福島県会津地方にある喜多方市は、伏流水が豊富で醸造業が盛んな「蔵のまち」として知られる。それによりおいしい水からうまい麺が生まれ、人口4万9000人に対して100軒ほどのラーメン店がひしめき合う。人口比の店舗数は、日本一ともいわれている。1990年代の「ご当地ラーメンブーム」も追い風となり、喜多方ラーメンは全国で人気に火がついた。その喜多方ラーメンを代表する御三家の1つが「坂内食堂」だ。

 蔵のような外観に、赤スタンプ風の「坂内」の文字が入った「喜多方ラーメン」の看板はインパクトが強い。喜多方ラーメン坂内は、新宿や恵比寿、大手町など都内を中心に全国63店舗(直営店22店、フランチャイズ店41店)を展開。海外は、米カリフォルニア州のコスタメサやブエナパークなど、郊外に5店舗を出店する。運営は麺食(東京・大田)。しかし全国展開の始まりは、決して生易しいものではなかった。まずはその話に触れておこう。