アリストテレス「打算を捨てよ」

 古代ギリシアの哲学者アリストテレスは、友情をフィリアと呼び、3つに分類しています。「有用ゆえのフィリア」「快楽ゆえのフィリア」「善ゆえのフィリア」です。

 有用ゆえのフィリアとは、相手が有用だから付き合うというものです。役に立つから人と付き合うというのは真の意味での友達とは言えそうにありません。

 快楽ゆえのフィリアは、その人といると快適だから付き合うというもの。これは一見良さそうですが、やはり相手を利用している感は否めません。果たしてこれを友情と呼んでいいのかどうか。

 これに対して、善ゆえのフィリアとは、相手にとっての善だけを願う気持ちのことです。そうした思いを持ち合う関係であれば、互いに相手のことを気遣ったり、長い間会わなくても気持ちが通じ合ったりするものです。これが本当の友情であり、親友と呼べる関係なのではないでしょうか。

 アリストテレスは、そんな関係になるのには時間がかかると言います。それをアリステレスは「たくさんの塩を一緒に食べる必要がある」と表現しています。日本でいえば「同じ釜の飯を食う」といった感じなのでしょう。

 この言葉には、単に長い時間一緒にいるというだけではなく、苦楽を共にするというニュアンスが含まれているように思います。まあ、一緒に長く過ごしていれば、必然的にそうなるのかもしれません。

 小・中学校などでは1年以上、同じクラスで過ごしますし、その間いろんな行事などで苦楽を共にします。部活動が同じなら、まさにそうでしょう。だから友達になりやすいのです。大人の場合、職場で同様のことがあるかもしれませんが、どうしても相手の有用性を利用しがちです。そこが友情を育む上で難しい点です。

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