人の営みの中で生まれた悩み。数千年前、哲学者たちも同じことを悩んできました。毎回、現代人の悩みごとを2つの視点で切り取ります。今回のテーマは「自分」。自分は何者なのか、それとも何者でもないのかを考えるきっかけになるはずです。

 自分は一体、何者なのか? また、何者になりたいのか? 誰しもそんなことを考えるときがあると思います。一般的には青春期に抱きがちな悩みであるものの、この変化の激しい時代にあっては、いくつになっても突如としてそうした疑問に襲われることがあります。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)も、そんな悩みを持つのに十分な不確実性をもたらしました。自分は何者だったのかと。

 今回は「自分」というテーマについて考えてみたいと思います。

自分を確立せよ

 まずは「自分とは何者かが分かる」と考えている、米国の発達心理学者エリク・エリクソンから紹介します。エリクソンはアイデンティティーの概念で知られています。アイデンティティーとは自己同一性とも訳され、分かりやすくいうと自分が何者なのか、分かっているということです。

 人間は成長しますし、また環境も変化していきます。そんな中で、いろいろな役割を演じなければならないでしょう。しかしながら、そうした多様な自分を統合する何かがあるはずです。それこそがアイデンティティーにほかなりません。

 エリクソンは、その意味でのアイデンティティーのことを、「私」とも表現しています。この「私」はさまざまな自己をすべて経験した存在であり、またさまざまな自己すべてを意識し得る存在でもあります。だからこそ生きているという感覚、ひいては実存の本質的基盤という感覚とほとんど同じものだとさえ言うのです。

 こうしたアイデンティティー、あるいは「私」は、確固たる存在であって、まさに何者かとしての自分なのでしょう。エリクソンは、そんな自分を確立せよと言うのです。そしてそれは、彼が漸成(epigenesis)と呼ぶ概念が示す通り、もともと自分の中にあるものが発生するとともに、次第に形成されていく過程にほかなりません。

 つまり、私たちの中に自分の基となる素質があり、それが経験の中で発達すると同時に、新たに形成されていきます。世の中の変化が自己を新たに形成するための契機になるというわけです。これは、割と実感が湧く考え方であるように思います。

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