そんな中、グローバルのマクロ経済は改善しつつあるものの、本格的な回復とは言い難い。各国政府による大規模財政出動と、緊急的な金融政策による緩和的な金融環境によって、一時的に作り出された印象が強いためだ。一方で、先進国の株式市場は史上最高値を更新するほどの過熱を見せている。

 そして、その過熱の担い手は、言うまでもなく、これまで投資をしてこなかったような「個人」である。日本では、1年間の証券口座開設数は過去最大となり、米国ではこれまで投資に対する興味が薄いと見られていたミレニアル世代(おおむね1980年以降に生まれた30歳以下の世代)やZ世代(1990年後半以降に生まれた世代)が、ミーム株(オンラインコミュニティーでもてはやされ株価が高騰した株)に代表される「はやり株」に熱狂している。それだけではなく、世代や国を問わず、人々は仮想通貨やNFT、ゴールドなどメディアに取り上げられる「もうかる資産」に飛びついているように思える。

 現在の「投資家」層による投資は果たして「投資」なのだろうか。投資と投機を分け隔てるものは、資金を投じる「資産」をどう捉えるかという考え方の違いにある。投資は資産の価値が上昇することを見込む一方で、投機は資産の価格が上昇することを期待して資金を投じる。両者は似通っているようで、大きく異なる。投機家は、資産の本質や性質を考察しようとせず、価格上昇のモメンタムだけを期待している。はやりものに狂乱する投資家は実際には「投機家」なのではないだろうか。

結局は投機家がバブルを作る

 さて、現在のFRBによる金融政策を見ると、インフレ抑制のためと、経済が最悪期から回復しつつあることなどを理由に、引き締め策に打って出ようとしている。29年当時に見られたような、中央銀行内の対立については知るよしもないが、性急な行動によって過熱した株式市場に冷水をかけるようなことをすれば、29年10月に見られたような暴落のリスクも否定できないだろう。

 「引き締め」と「緩和」、いつの世も金融政策の手綱を引くことは困難を伴う。そして、未曽有の公衆衛生上のリスクにさらされている現在、その困難は一層大きい。ただ、どんな金融政策が取られようとも、結局行動するのは投資家だ。節度とモラルを保ちながら投資をしていれば、資産バブル崩壊の憂き目を見ることはないはずである。

 だが、いつの世も人間の欲には際限がない。節度とモラルが先立てば、そうしたバブルは生まれないはずなのだが。

この記事はシリーズ「大崎匠の温故知新「バブル史」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。