ニューヨーク連銀とFRBの対立がバブル崩壊を招く?

 もちろん、ニューヨーク連銀だけではなく、FRBも批判を免れることはできない。彼らの消極的な姿勢がバブルの膨張と破裂を招いたと言っても過言ではないだろう。FRBは何のアクションも取らず、信用取引によって暴騰する市場を前に、指をくわえて見ているだけであった。事実、FRB議長であるロイ・ヤングは、30年に実施されたFRBの調査で、FRBの役割について『避けられない崩壊による悪影響を最小化する』と述べている。つまり、07年の金融恐慌の反省を生かしてFRBが設置されたにもかかわらず、膨張する市場を前に積極的な行動を企図せず、それが崩壊するまで単なる「傍観者」であり続けたのだった。

 バブル崩壊後の対応もお粗末と言わざるを得ない。当時の調査記録を読むと、FRBとニューヨーク連銀の政治的対立によって、バブル崩壊後の金融支援策が効果的に行われなかったように見える。ニューヨーク連銀は、29年10月に株式市場が暴落すると、すぐさま1億6000万ドル(現在の価値で約24億ドル)規模の政府債券を購入し、市場に資金を流し込んだ。一方、FRBは同政策の効果を認めつつも、FRBの事前承認なしに連銀が債権を大量に買い入れたことを問題視した。「事前承認が必須」というFRBの主張に対し、ニューヨーク連銀側は法的根拠がないと主張。こうした主張の食い違いからも、両者の対立は深まった。

 結局、アンドリュー・メロン財務長官の裁定により、ニューヨーク連銀による債券買い入れは「事前の承認が必要」とされたが、この決定により様々な金融政策の実施が遅れ、緊急策そのものが承認されないなどの深刻な影響が生じることとなる。連銀との対立の結果、FRBは「悪影響を最小化」することにすら失敗していたのだ。

 ここまでに、当時のFRBは2つの失敗を犯している。当時の経済状況は、金融緩和が必要な状況だったのにもかかわらず、断続的に政策金利を引き上げ続け、29年8月には1.0%も公定歩合を引き上げるなど「過度な引き締め策を実施した」こと。そして、ニューヨーク連銀との対立によって「効果的な金融政策を実施できなかった」ことだ。バブル崩壊と恐慌の発生の責任を彼らだけに押し付けることは稚拙な判断だと言わざるを得ない。しかし、少なからずFRBの機能不全を含む金融システムの不能が、未曽有の景気悪化の原因の一つとなったことは正当な主張だと考える。

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