緩和と引き締めのせめぎ合い

 一方、FRB側の意見は異なり『暴走相場など存在しない』としてニューヨーク連銀の利上げ要請を却下した。連銀側は却下された後も利上げ要請を続け、最終的に承認された同年8月までのわずか6カ月間で11回も公定歩合の引き上げを訴え続けた。FRBが利上げをかたくなに拒否し続けたのには理由がある。

 29年当時の米国経済は景気減速が底入れしたばかりであり、経済成長率を高く維持できていなかった。経済状況は金融緩和を求めていたのだ。そのため、利上げを認めてしまうと、他の地区連銀が協調的に利上げを実施することで、農業や商業に重大な影響を与える可能性を懸念していた。加えて、一度利上げを容認してしまうと、ニューヨーク連銀が7%、8%と断続的に公定歩合を引き上げようと画策するのでは、との懸念もあったと当時の議事録には残されている。

 とはいえ、結局は連銀の要求通り、公定歩合は1.0%引き上げられた。そして、その後の景気減速と株価の暴落だ。金融緩和が必要とされていた時に金融を引き締めることで、せっかく底入れした景気を再び後退させたとの見方は十分に説得力がある。そういった意味では、ニューヨーク連銀の要請を断り続けたFRBには、一定の理があるように思える。

 当時の経済指標をひもとくと、年間の新築住宅着工件数は24年にピーク(93.7万件)をうち、その後は低下トレンドに入っていた。28年にはピークの5割程度の水準(50.9万件)まで下がっていた。月間の自動車生産台数も、春先にピークを迎える季節性を考慮する必要はあるものの、29年4月には過去最高(53.8万台)を記録した後、急激な落ち込みを見せ、同年8月にはピークから18%も減少した(44.2万台)。また、消費者物価指数も過去1年間(28年9月から29年8月)の前年比平均値がマイナス0.8%となっており、物価上昇圧力の高まりは全くといってよいほど存在していなかった。

 金融引き締めを必要としない中、1.0%もの金利引き上げによる悪影響はすぐさま経済指標に表れた。鉱工業生産指数は8月の122から急激な低下トレンドに突入し、同年12月には105となり14%も悪化(下グラフ)。月間自動車生産台数も12月には9.2万台にまで低迷した。結局公定歩合は、利上げからわずか3カ月後には1.5%も引き下げられることになった。こうした状況から見ると、経済の観点からは必要としない利上げが、バブル崩壊の原因の一つだったとみなすこともできる。

(出所:米国連邦準備理事会)
(出所:米国連邦準備理事会)
[画像のクリックで拡大表示]

次ページ ニューヨーク連銀とFRBの対立がバブル崩壊を招く?