29年のバブル崩壊の原因とは?

 ここで話を29年の「グレート・クラッシュ(大暴落)」に話を戻そう。実はこの時の株価暴落の引き金となったのは、このFEDの意思決定機関「米連邦準備理事会(FRB)」による判断ミスによるところも大きいと考えられている。皮肉なことに、金融恐慌を未然に防ぐために設置された連邦準備制度(中央銀行)によって、資産バブルがはじけてしまったのだ。バブル崩壊につながる金融政策としてFRBが実施したのは「公定歩合の引き上げ」だった。

 バブル崩壊直前の29年8月、FRBは地区連銀の一つであるニューヨーク連邦準備銀行の要請に従い、同連銀の公定歩合を1.0%引き上げた。公定歩合を調整することは、伝統的な金融政策ツールとして知られている。経済が過熱しすぎると利上げすることで、資金需要を和らげ、インフレ圧力のガス抜きをする。

 一方、景気に腰折れ感が見られる際には、公定歩合を引き下げることで、資金需要を喚起させ、インフレ圧力を高める。この時、FRBが公定歩合を引き上げるとの決定を下したことは、「景気過熱を懸念した引き上げ」と解釈されるだろうが、実はそうではなかった。

 当時のニューヨーク連銀総裁のジョージ・ハリソンは、29年2月以降、FRBに対して11回も公定歩合を引き上げることを要求し続けていた。こうした執拗とも取れる連銀による要求の背景には、ニューヨークの株式市場における投機熱の高まりがあった。

 投機家は、現金で株式を購入するだけで飽きたらず、銀行からローンを借り入れることで、レバレッジを効かせた信用取引に興じていた。ローンには当然金利が付与されており、その基準金利として公定歩合が参照されていた。ローン金利が低ければ、投機家はより積極的に借金をすることで、信用取引を増加させるインセンティブが生まれる。ニューヨーク連銀の考えによると、当時の5.0%という金利は低すぎるため、まずは1.0%引き上げ、断続的な利上げによって彼らのいう『暴走相場(a runaway market)』を抑制することを目指したのだ。

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