「あり得ない」を現実にする野心的な目標として、内閣府の主導の下、日本の科学界が「ムーンショット型研究開発」を進めている。従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発だ。中でも医学に関する研究目標が現実化すれば、不安視されている日本の高齢化社会を大きく変える救いの手になるかもしれない。

(画像:PIXTA)
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 止まらない少子高齢化。年齢別人口構成は逆三角形を描き、日本という国の不安要素は増していくばかりだ。自然の摂理として寄る年波に肉体は勝てず、ある程度の年齢を超えると若者と同等の労働は難しくなる。そしてその後は寿命をまっとうするまでに介護を必要とすることになるかもしれない。

 2020年の日本人の平均寿命は、男性81.64歳、女性87.74歳と高いものの、元気で活動ができる健康寿命(19年)は男性72.68歳、女性75.38歳であり、両者には10年程度の差がある。高齢化社会においては、生き続けることも大変だ。

あり得ないかもしれないけれど掲げる目標「ムーンショット」

 20年1月、内閣府は「総合科学技術・イノベーション会議(第48回)」を開催した。同会議は、総理大臣と科学技術政策担当大臣が、科学技術・イノベーション政策を企画立案することを目的とした「重要政策に関する会議」の一つ。日本政府による科学技術の開発・推進の軸足を決める会議だ。この会議では、高齢化社会の進展によってもたらされる社会課題の解決や自然災害の激甚化への対応、持続可能な社会の実現などに向けた、野心的な目標「ムーンショット目標」を設定したことが話題となった。

 ムーンショットとはその名の通り「月に向けて打ち上げる」という意味。ジョン・F・ケネディ米大統領の時代に進められたアポロ計画が由来となっている。当時からすると、あり得ない夢物語とされていた月着陸。そんな、あり得ないかもしれないが、実現すれば大きく世界が変わる研究目標をムーンショット目標と呼んでいる。

 同会議は、Quality of Life(生活の質、以下QoL)の向上と、Human Well-being(人々の幸福)の達成を目指し、その基盤となる社会・環境・経済の諸課題を解決する9つのムーンショット目標を掲げた。

目標1 2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現

目標2 2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現

目標3 2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現

目標4 2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現

目標5 2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出

目標6 2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現

目標7 2040年までに、主要な疾患を予防・克服し100歳まで健康不安なく人生を楽しむためのサステイナブルな医療・介護システムを実現

目標8 2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現

目標9 2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現

 これらが実現できるのであれば、先進性と未来性において世界の一歩先を行くことができる。現在は目標ごとに設定した複数のターゲットに沿って研究開発が進められている。

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