
およそ30年前、南魚沼の民宿で出会ったご飯が忘れられない。
我を忘れるほど旨かった。甘いだけではない。ハリのあるご飯の粒を噛み込むと香ばしい香りが立ち上り、旨みが後からあふれてくる――。6人で1升炊きの羽釜をあっという間に空にして、もう1升炊いてもらったほどだった。
白飯をそのまま食べても旨く、甘く、後味までグンと味が膨らむ。パリシャクッという食感の自家製野沢菜漬けの塩気との相性も素晴らしかった。確か女将さんは、羽釜を大火力のガス火にかけていたと思う。それから僕の「おいしいコメ」の基準は南魚沼のコシヒカリになった。
それから10年ちょっとが経った2003年ころ、まったく違うおいしさに出会った。
広告代理店の博報堂が出版している『広告』という雑誌(名前からしてややこしい。アポ取り時に広告営業と勘違いされて門前払い多数発生の媒体)の仕事で、米穀店と生産者農家の関係性に焦点を当てるページを担当したときに、都立大学のカリスマ米穀店「スズノブ」の店主、西島豊造さんが佐賀県の土井さんという農家が育てるヒノヒカリを紹介してくれた。このコメにも心底驚かされた。土鍋で炊いて、肉や魚などのおかずと食べると、めちゃくちゃ旨い。しかもコメ自体の旨さというより、おかずがグンと旨くなる。
コシヒカリのような、いかにも主役という押し出しの強さではない。脇役として輝くコメが存在することにも驚いた。肉や魚、漬物などすべての主菜・副菜をこんなにもおいしく食べさせるコメがあるということに腰を抜かした。
ご飯にはさまざまなおいしさがあるんだなあ……。

Powered by リゾーム?